陶都物語(まふまふ)
ふぃく……しょん? だよね?
え、あれ、これ現実には起こっていないよね? うん、そうだ。そのはずだ。時代小説でもあるまいし、そもそも転生モノなのだからそれが当たり前なはずなんだ。
なのに、SSが醸し出すこの異様なまでの現実感はどうしたものか。
まるで経済小説の大作を見ている気分ですね。いや、本当びっくりです。沈まぬ太陽とか不毛地帯とか、見るだけで現実のものと錯覚しそうになる書籍はあれど、SSでこれほどまでにリアルに迫った転生モノとかほぼ見ないんじゃないでしょうか。それもそのはずで作者の方、完全にこれ下調べどころか、もはや歴史研究の域に達しているほどに資料を読み漁ってるよ。これほどまでに情熱を注ぎ込んでひたむきに一つの物語に向き合っているのだから、それが面白くないわけがない。
舞台は江戸末期、明治で花咲く美濃焼の本元に転生した主人公の草太が内政チートではなく陶磁器チートで成り上がる(?)物語……のはず。なんというかチートはチートなんですが、あんまりSUGEEE系ではないんですよね。もちろんそういう要素も満載なはずなんですが、他の作品に比べて地味というか。それもそのはずで舞台はおちゃらけた異世界なんかではなく江戸。江戸といえば人権宣言びっくりの人権無視社会ですよ。そもそも差別格差万歳の時代で、人情や義理と言った要素はあるものの、そんなもの物語として成り立つほどに珍しい時代です。そしてそれ以上に立場の縦割り社会(武士の子は武士)がひどく、商人の家に生まれなければ商売すら成り立たない状況。そんな世界でやっていくためには、本当足元からこつこつやっていくしかないんですよね。異世界なら普通飛ばされる描写も、こちらでは非常に丁寧に泥臭く描いているので、本当その苦労が忍ばれます。異世界で現代知識披露してポンと金出るのがいかにご都合主義か。
この作品で語らずには居られないのが主人公の草太以上に、草太が執着している陶磁器。作者の陶磁器に関する知識が本当に半端ない。もはやその道の人としか思えないほどにリアルなんだけど、どうなんだろうか。江戸時代にはほぼ美濃焼の価値なんてあってないようなものなんですけど、有田焼や瀬戸物なんか現在海外でも評価されているのを見ると、まさにこの時代にブランド化に成功すればノリタケやウェッジウッド顔負けのモノができるでしょうね。草太がそこに活路を見出していくあたりはさすが元中小企業経営者というべきか。ただ問題はブランドの概念がまだこの時代では世界的に見ても薄いこと。果たしてそれを克服できるか否か。
草太が6歳にして胃潰瘍(原因:ストレス)の恐怖に怯えながら出世していく姿は見てて実に気持ちいいんですが、その裏で初恋の女の子との別れやお家騒動があったりと、いろいろ切なさのグラデーションがかかっています。これらの要素がまた随所でいい働きをしているおかげで、単なるなり上がり物語ではなく、まさしく努力の末に駆け登っている物語という印象が出てきて、続きが読みたくなってきます。しかし成り上がっているのは間違いないんですが、成り上がり過ぎると江戸幕府と共倒れというなんとも歯痒い状況が気になります。この調子でいけば明治維新起こらないんじゃね? という疑惑が浮き出てるのがすごく怖い……。
草太自身のキャラは実に汎用的な主人公だし、周りのキャラクターも取り立てて特筆するほど濃いわけではないんですが、するりと物語に溶け込んでこちらにその存在感を植え付けているのは作者の力量か。現代の安易に記号化されたキャラクターはほとんどおらず、ある意味ではそれがつまらないほどに生々しい。通訳の人なんてそれこそまさにこんな人がいたんだろうなぁ、と思うくらい行動がリアルで、うっかり草太が言ってしまう英語を誰に学んだのか即座に聞きに行くほど。優秀な人ってたしかにこういう行動するんですよねぇ……。こういう些細なところでもリアルを感じるからこそ、この物語全体が非常に繊細で生々しい現実感を醸しだすのかもしれません。
2013年2月15日金曜日
2013年2月8日金曜日
SSメモ:ヴァルハラ学園物語
ヴァルハラ学園物語(久櫛縁)
たぶんに思い出補正も強く影響していますが、いまでもちょくちょく読み返しているのがこのヴァルハラ学園物語シリーズ。典型的な学園ファンタジーモノで、現在のテンプレにつながる要素もチラホラ。星の図書館というサイトに掲載されていたので、そちらの名前で知っている人の方が多いかもしれません。
基本的に話しの内容はコメディで構成されています。苦労人主人公のライルが周囲の仲間が読んでくるトラブルに巻き込まれてひぃひぃ言ってる感じ。たまに自爆してたり。ノリが完全に中学生なので、展開も文体も今読み返せば苦笑いせざるを得ない箇所もいくつかあったりします(爆発オチとか文字の大きさ変えるとか)。それをつまらないと判断するか生暖かい目で見るかは読み手に委ねますが、個人的には当時のお約束、というものを懐かしがりながら読むと結構楽しめると思います。もちろん元々の内容も面白いので、初めて読む人も文体に対する嫌悪がなければのめりこめるはず。
しかしギャグ・コメディ小説につっこむのはやぶさかなんですが、主人公のライル以外まともな人がいないのはどういうことだw ヒロイン(?)の暴走魔法少女のルナ(決して暴力ヒロインではないと信じたい。原型ではありそうだけど)はもちろん、脳筋大食らいのアレンに女装趣味の王子クリスといったパーティメンバーの個性豊かさといったら、さぞ苦労しそうだなぁと思わされるメンツばかり。そこに精霊のシルフィもまじってどんちゃん騒ぎなのだから、ライルの苦労が忍ばれる。そして一番涙するのはもうそういうポジションでいいよと諦めがついているライルの達観根性ですねー。ストーリー中、一瞬だけ反抗期になるわけですが、即座に元通りのポジションに戻るあたり、本当そういう星の下で生まれたと思わないとやってられないのかもしれませんが。
ただ、この作品を語る上でやはり避けられないのが外伝や番外編の存在。大昔の勇者ルーファスが蘇ったの話やその子供の話もさることながら、勇者が魔王を倒す旅をダイジェストに掲載している「ゆうしゃくんとなかまたちシリーズ」は傑作もの。正直個人的には本編よりこっちの方が好きだったりします。本編と同じく基本ギャグ・コメディな作風なんですが、たまに出てくるシリアスで切ない話が尋常じゃないくらいの破壊力で襲ってくるので、油断なりません。この話を読んで改めて本編を読んだ時、こういう平和な生活ができているのは過去にこういうことがあったからなんだなぁ、というのをしみじみ感じさせてくれます。でもやっぱりギャグものなので笑っちゃうんですけどね!
たぶんに思い出補正も強く影響していますが、いまでもちょくちょく読み返しているのがこのヴァルハラ学園物語シリーズ。典型的な学園ファンタジーモノで、現在のテンプレにつながる要素もチラホラ。星の図書館というサイトに掲載されていたので、そちらの名前で知っている人の方が多いかもしれません。
基本的に話しの内容はコメディで構成されています。苦労人主人公のライルが周囲の仲間が読んでくるトラブルに巻き込まれてひぃひぃ言ってる感じ。たまに自爆してたり。ノリが完全に中学生なので、展開も文体も今読み返せば苦笑いせざるを得ない箇所もいくつかあったりします(爆発オチとか文字の大きさ変えるとか)。それをつまらないと判断するか生暖かい目で見るかは読み手に委ねますが、個人的には当時のお約束、というものを懐かしがりながら読むと結構楽しめると思います。もちろん元々の内容も面白いので、初めて読む人も文体に対する嫌悪がなければのめりこめるはず。
しかしギャグ・コメディ小説につっこむのはやぶさかなんですが、主人公のライル以外まともな人がいないのはどういうことだw ヒロイン(?)の暴走魔法少女のルナ(決して暴力ヒロインではないと信じたい。原型ではありそうだけど)はもちろん、脳筋大食らいのアレンに女装趣味の王子クリスといったパーティメンバーの個性豊かさといったら、さぞ苦労しそうだなぁと思わされるメンツばかり。そこに精霊のシルフィもまじってどんちゃん騒ぎなのだから、ライルの苦労が忍ばれる。そして一番涙するのはもうそういうポジションでいいよと諦めがついているライルの達観根性ですねー。ストーリー中、一瞬だけ反抗期になるわけですが、即座に元通りのポジションに戻るあたり、本当そういう星の下で生まれたと思わないとやってられないのかもしれませんが。
ただ、この作品を語る上でやはり避けられないのが外伝や番外編の存在。大昔の勇者ルーファスが蘇ったの話やその子供の話もさることながら、勇者が魔王を倒す旅をダイジェストに掲載している「ゆうしゃくんとなかまたちシリーズ」は傑作もの。正直個人的には本編よりこっちの方が好きだったりします。本編と同じく基本ギャグ・コメディな作風なんですが、たまに出てくるシリアスで切ない話が尋常じゃないくらいの破壊力で襲ってくるので、油断なりません。この話を読んで改めて本編を読んだ時、こういう平和な生活ができているのは過去にこういうことがあったからなんだなぁ、というのをしみじみ感じさせてくれます。でもやっぱりギャグものなので笑っちゃうんですけどね!
2013年1月25日金曜日
SSメモ:天葬の聖痕
天葬の聖痕(志賀あきと)
最近の厨二SSと昔の厨二SSを比較して特に面白いと思うのは、主人公が力を持つようになった経緯の描写方法の違いですね。最近のSSは「なぜ主人公が強くなったのか」を説明していることが多いと思っています。それが神様チートであり、転生した主人公の幼児時における修行シーンであれ。最近はそこに経験値概念とか自分だけが知っている抜け道、とかも含まれるかな? で、それに対して昔のSS(といっても数年前のレベル)って案外そうした描写ってないんですよね。そもそもが強いところから物語が始まっているか、或いは過去回想として描写するかされてたわけです。少なくともいきなり師匠との修行シーンとか主人公が他人と違う方法で成長しているシーンとかから始まるSSはなかった気がするんですよ。一概にどちらがいいとは言いませんが、ただ個人的に厨二感情を満たしたい時に読み返す作品って大抵が後者……つまり昔のSSチックに主人公が最初から強いパターンなわけです。たぶんそれって単純に敵をちまちま倒している描写がまどろっこしいからなんですよね。厨二要素を読むまでに厨二以外のものを読まないといけないというのは案外面倒くさいものです。
その点でいえば、この「天葬の聖痕」という作品は突発的に厨二要素を摂取したくなった時に読み返すSSとしてパーフェクトなわけです。現代の厨二テンプレの元となった要素がふんだんに取り入れられているのだから、ある意味では当時としては先駆的テンプレ(?)なのかもしれません。なんといっても最近ではあまり見られない奈須きのこや西尾維新あたりをリスペクトしたこの独特の文体。いわゆるご両名のような新伝奇的な書き方って、素人が真似してもただ回りくどい文になるだけになんですが、このSSに関してはその心配がないほどにリスペクト具合が逸脱しています。本当見事としか言い用がありません。もちろん伝奇活劇小説と銘打つだけのことはあり、シナリオの雰囲気もとても魅力的なものに仕上がっています。
話の筋としては、最強主人公の芙蓉水薙がヒロインの当夜霧を敵対魔術組織から守る感じのものです。いかにもな設定の割に、これが深いところまで過去を練り込んでSSを書いているおかげか、普通の作品なら定番な展開もこの作品ではかなり緊張感があります。主人公が最強なわけですが、それでもできないことはあって、本編中にさりげなく散りばめられた過去話では敵対組織との戦いで仲間が死んだり犯されたりと悲惨な話も垣間見れて、決してご都合主義なだけでは生きていられない世界観が浮き彫りになっています。なので、本当油断ならないお話です。そこがたまらなく読者を惹きつける材料となっている感は否めませんが。不条理な世界で精一杯生きていくキャラクター達が活躍しているからこそ、どうにもストーリーから目が離せないんですよね。
文体やストーリー、そしてその世界観もさることながら、個人的に一番このSSの肝となっているのは筆者の卓越した格闘に対する知識とそれらを十全に表現しきっている描写力ですね。このSSの世界は普通に魔術とかそういうのがあるわけなんですが、困ったことに魔術よりも肉弾戦に目が言ってしまうというある意味ではファンタジーや伝奇として致命的な欠陥があるという謎具合です。もちろんだからといって魔術の描写が悪いとかではなく、むしろ出てくる魔術師の千差万別の能力は非常に魅力的にうつるわけですが、いかんせん刀を用いた戦闘だとか、細かい体の一挙一動の方が手汗握るくらい夢中になって見てしまうわけです。この点においては個人的に文体の元となった作者のレベルを超えていると感じています。といってもそれと同じくらいコメディパートが笑えるので、真剣に見てたと思ったら思わぬギャグの存在に笑ってしまうというか(笑)
ちょっと昔の作品なので、もはや更新は絶望的……だったのですが、最近また少しだけ更新しているようなので、1年1話あたりを目安にのんびり読んでいけたらなと思います。まぁ、とはいってもちょっと連載中と表記するには勇気がいるので、とりあえずラベルは連載:停止中にしておきますが、そのうちまた月1とかでもいいので更新してくれると嬉しいですね。
最近の厨二SSと昔の厨二SSを比較して特に面白いと思うのは、主人公が力を持つようになった経緯の描写方法の違いですね。最近のSSは「なぜ主人公が強くなったのか」を説明していることが多いと思っています。それが神様チートであり、転生した主人公の幼児時における修行シーンであれ。最近はそこに経験値概念とか自分だけが知っている抜け道、とかも含まれるかな? で、それに対して昔のSS(といっても数年前のレベル)って案外そうした描写ってないんですよね。そもそもが強いところから物語が始まっているか、或いは過去回想として描写するかされてたわけです。少なくともいきなり師匠との修行シーンとか主人公が他人と違う方法で成長しているシーンとかから始まるSSはなかった気がするんですよ。一概にどちらがいいとは言いませんが、ただ個人的に厨二感情を満たしたい時に読み返す作品って大抵が後者……つまり昔のSSチックに主人公が最初から強いパターンなわけです。たぶんそれって単純に敵をちまちま倒している描写がまどろっこしいからなんですよね。厨二要素を読むまでに厨二以外のものを読まないといけないというのは案外面倒くさいものです。
その点でいえば、この「天葬の聖痕」という作品は突発的に厨二要素を摂取したくなった時に読み返すSSとしてパーフェクトなわけです。現代の厨二テンプレの元となった要素がふんだんに取り入れられているのだから、ある意味では当時としては先駆的テンプレ(?)なのかもしれません。なんといっても最近ではあまり見られない奈須きのこや西尾維新あたりをリスペクトしたこの独特の文体。いわゆるご両名のような新伝奇的な書き方って、素人が真似してもただ回りくどい文になるだけになんですが、このSSに関してはその心配がないほどにリスペクト具合が逸脱しています。本当見事としか言い用がありません。もちろん伝奇活劇小説と銘打つだけのことはあり、シナリオの雰囲気もとても魅力的なものに仕上がっています。
話の筋としては、最強主人公の芙蓉水薙がヒロインの当夜霧を敵対魔術組織から守る感じのものです。いかにもな設定の割に、これが深いところまで過去を練り込んでSSを書いているおかげか、普通の作品なら定番な展開もこの作品ではかなり緊張感があります。主人公が最強なわけですが、それでもできないことはあって、本編中にさりげなく散りばめられた過去話では敵対組織との戦いで仲間が死んだり犯されたりと悲惨な話も垣間見れて、決してご都合主義なだけでは生きていられない世界観が浮き彫りになっています。なので、本当油断ならないお話です。そこがたまらなく読者を惹きつける材料となっている感は否めませんが。不条理な世界で精一杯生きていくキャラクター達が活躍しているからこそ、どうにもストーリーから目が離せないんですよね。
文体やストーリー、そしてその世界観もさることながら、個人的に一番このSSの肝となっているのは筆者の卓越した格闘に対する知識とそれらを十全に表現しきっている描写力ですね。このSSの世界は普通に魔術とかそういうのがあるわけなんですが、困ったことに魔術よりも肉弾戦に目が言ってしまうというある意味ではファンタジーや伝奇として致命的な欠陥があるという謎具合です。もちろんだからといって魔術の描写が悪いとかではなく、むしろ出てくる魔術師の千差万別の能力は非常に魅力的にうつるわけですが、いかんせん刀を用いた戦闘だとか、細かい体の一挙一動の方が手汗握るくらい夢中になって見てしまうわけです。この点においては個人的に文体の元となった作者のレベルを超えていると感じています。といってもそれと同じくらいコメディパートが笑えるので、真剣に見てたと思ったら思わぬギャグの存在に笑ってしまうというか(笑)
ちょっと昔の作品なので、もはや更新は絶望的……だったのですが、最近また少しだけ更新しているようなので、1年1話あたりを目安にのんびり読んでいけたらなと思います。まぁ、とはいってもちょっと連載中と表記するには勇気がいるので、とりあえずラベルは連載:停止中にしておきますが、そのうちまた月1とかでもいいので更新してくれると嬉しいですね。
2013年1月16日水曜日
SSメモ:魔王『この我のものとなれ、勇者よ』勇者『断る!』
魔王『この我のものとなれ、勇者よ』勇者『断る!』(橙乃ままれ)
一体全体この「まおゆう」というSSをどう言葉で書き表せばいいものか。
夢中になって、ひたすらに繰り返し読み込んで、気がつけばこの「まおゆう」世界に魅了されて。勇者と魔王という古き良き題材への物懐かしさ、経済や近代化をテーマにした目新しさ、そしてSS全体から感じる「あの丘の向こうには何があるんだろう」という胸の高鳴りをひっさげ、いざこのSSの感想を口にしようとして。
――はて、自分は何を言おうとしていたのだろうか、と固まってしまう。
溢れ出る言葉の堰がまったく切れないんですよ。SSに対する感情が喉元まで出てきているのに、それを言葉という形に落とし込めることがいっこうにできない。これは困った。しかし、それでいてさらに困ったことには、言葉にできなくていい、と納得している自分がいるということ。たぶん言葉にできない、ということこそがこのSSに対して自分が抱いている感情のすべてなんだと思います。
まいったなぁ。いや、本当まいった。
魔王と勇者の二者関係を改めて見つめなおし、平和な世界への道(作中では丘の向こうと表現。超重要)を模索するというのがこのSSの大筋の流れなわけですが、これがすごいのなんの。これまでの勧善懲悪に疑問を呈する作品やファンタジー世界への考察作品とは違い、信念や思想などではなくあくまで経済という「理論」をもとに世界へ挑戦していく魔王と勇者の姿は、泥臭く地道ながらもそのひたむきさに焦がれるものがあります。紆余曲折、それこそ経済や人権、近代化といった話を経て、最後に超王道的な展開で風呂敷をたたんでくるストーリーなんて、もはや感動すら通り越して畏怖すら覚えるほどまさしく圧巻の一言。こんなのわくわくせずにはいられないじゃないですか。
魔王と勇者を取り巻く人達も実に魅力的で、一人一人がちゃんとこの世界の中で生きているんです。懸命に生き抜いているんです。このSS内で登場する人全員が、名前こそないけれども確かに世界に一人しか存在しない主役なんですよ。だから人が死ぬときはこんなにも悲しいし、その仇をうとうとする姿はこんなにも切ないし、こんなにも敵が憎く、それを受け入れる姿に心が打たれるわけです。もちろんいろいろ考えさせられる場面はたくさんあります。人によっては受け入れられない展開もあるでしょうし、近代化に対する批判や「丘の向こう」というテーマに対してちゃんとした答えを出していないシナリオに激情を覚える人もいるでしょう。目を皿にして親の敵を探すように物語の粗を探せばいくらでも見つかるかもしれません。
でもだからといってこのSSの面白さがそれで損なわれることなんてなく、むしろこうやっていろいろ考えさせられたり意見を抱いたりすることこそに、このSSの魅力ってものが詰まっているのだと思います。「まおゆう 考察」などでググればわかると思いますが、近年でこれほど多くの人に考察・絶賛・批判されているSSはまず他にないと思います。つまりそれだけこのSSはいろんな人に読まれ、考えることを促し、その上でアニメ化するまでに人を巻き込んでいるんです。単純なSSとしての魅力もさることながら、考えることの面白さを提供しているという意味で、SSとしてまさしく理想的で完璧な作りをしているのではないでしょうか。もしこの作品を読んで何かしら思うところがあれば、きっとそれは作者の思う壺にハマっています(笑)
いつかの日か、自分がこのSSの感想をはっきりと言葉で表せた時。
その時初めて自分はこのSSの魂胆に気づくのかもしれません。もしかしたら魂胆なんてものないのかもしれませんが、きっとその時はその時で魂胆なんてない、ということに気づくでしょう。その段階こそが、きっと今の自分にとっての「丘の向こう側」なんでしょうね。
一体全体この「まおゆう」というSSをどう言葉で書き表せばいいものか。
夢中になって、ひたすらに繰り返し読み込んで、気がつけばこの「まおゆう」世界に魅了されて。勇者と魔王という古き良き題材への物懐かしさ、経済や近代化をテーマにした目新しさ、そしてSS全体から感じる「あの丘の向こうには何があるんだろう」という胸の高鳴りをひっさげ、いざこのSSの感想を口にしようとして。
――はて、自分は何を言おうとしていたのだろうか、と固まってしまう。
溢れ出る言葉の堰がまったく切れないんですよ。SSに対する感情が喉元まで出てきているのに、それを言葉という形に落とし込めることがいっこうにできない。これは困った。しかし、それでいてさらに困ったことには、言葉にできなくていい、と納得している自分がいるということ。たぶん言葉にできない、ということこそがこのSSに対して自分が抱いている感情のすべてなんだと思います。
まいったなぁ。いや、本当まいった。
魔王と勇者の二者関係を改めて見つめなおし、平和な世界への道(作中では丘の向こうと表現。超重要)を模索するというのがこのSSの大筋の流れなわけですが、これがすごいのなんの。これまでの勧善懲悪に疑問を呈する作品やファンタジー世界への考察作品とは違い、信念や思想などではなくあくまで経済という「理論」をもとに世界へ挑戦していく魔王と勇者の姿は、泥臭く地道ながらもそのひたむきさに焦がれるものがあります。紆余曲折、それこそ経済や人権、近代化といった話を経て、最後に超王道的な展開で風呂敷をたたんでくるストーリーなんて、もはや感動すら通り越して畏怖すら覚えるほどまさしく圧巻の一言。こんなのわくわくせずにはいられないじゃないですか。
魔王と勇者を取り巻く人達も実に魅力的で、一人一人がちゃんとこの世界の中で生きているんです。懸命に生き抜いているんです。このSS内で登場する人全員が、名前こそないけれども確かに世界に一人しか存在しない主役なんですよ。だから人が死ぬときはこんなにも悲しいし、その仇をうとうとする姿はこんなにも切ないし、こんなにも敵が憎く、それを受け入れる姿に心が打たれるわけです。もちろんいろいろ考えさせられる場面はたくさんあります。人によっては受け入れられない展開もあるでしょうし、近代化に対する批判や「丘の向こう」というテーマに対してちゃんとした答えを出していないシナリオに激情を覚える人もいるでしょう。目を皿にして親の敵を探すように物語の粗を探せばいくらでも見つかるかもしれません。
でもだからといってこのSSの面白さがそれで損なわれることなんてなく、むしろこうやっていろいろ考えさせられたり意見を抱いたりすることこそに、このSSの魅力ってものが詰まっているのだと思います。「まおゆう 考察」などでググればわかると思いますが、近年でこれほど多くの人に考察・絶賛・批判されているSSはまず他にないと思います。つまりそれだけこのSSはいろんな人に読まれ、考えることを促し、その上でアニメ化するまでに人を巻き込んでいるんです。単純なSSとしての魅力もさることながら、考えることの面白さを提供しているという意味で、SSとしてまさしく理想的で完璧な作りをしているのではないでしょうか。もしこの作品を読んで何かしら思うところがあれば、きっとそれは作者の思う壺にハマっています(笑)
いつかの日か、自分がこのSSの感想をはっきりと言葉で表せた時。
その時初めて自分はこのSSの魂胆に気づくのかもしれません。もしかしたら魂胆なんてものないのかもしれませんが、きっとその時はその時で魂胆なんてない、ということに気づくでしょう。その段階こそが、きっと今の自分にとっての「丘の向こう側」なんでしょうね。
2013年1月9日水曜日
SSメモ:魔王はハンバーガーがお好き
魔王はハンバーガーがお好き(28号)
気づいたら書籍化してたSS。
あまりの衝撃に思わずSSメモに殴り書いてしまうという。
いや、うん。意外というかなんというか。
何度か読み直しているので「おー……」という納得が半分、「おー……?」という疑問が半分という気持ちです。もちろんそれは決してこのSSが面白くないとかそういうのではなくて、このさっぱりしたSSを気に入っている人が意外にいるもんなんだと戸惑っているというか。作品の悪口ではなくて、単純に近年のSSの人気傾向からして、あんまりこうもあっさりとした文体が受けるとは思ってなかったわけです。それがこうして書籍化までしているのを見ると、戸惑いの一つや二つ生まれるものですよ。
話の内容としては異世界で勇者に敗れた魔王が現代のアメリカの片田舎でラブコメするだけなんですよね。おそらくこんな辺境にあるブログに来るような人なら一度くらいは似たような設定を目にしたことがあるのではないでしょうか。しかも連載時はちょうど橙乃ままれ氏の「まおゆう」によって魔王と勇者モノのブームが巻き起こっていた真っ最中で、似たような作品が至る所にごろごろと蔓延していたという凄まじい状況。(しかもネットに限らずライトノベルでも。電撃文庫さんの「はたらく魔王さま!」とか)
つまるところ、とりわけ珍しい作品でもないんですよね、これが。
にも関わらず私が繰り返しこのSSを読んだのは、ひとえにそのあっさり風味の文章と、時々現れる濃厚なシーンに魅了されたからです。なんとなく想像される楽しい日常のセンテンスをふんだんに用いる一方で、その他の部分はそぎ落としているような文章なので、一話一話が軽く読めるんですよ。かといってそれぞれの話が独立しているわけではないので、前の話でまいた伏線を回収したり、徐々にヒロインが主人公の魔王に惹かれていく様子がゆっくり丁寧に描かれています。お題にそって書かれているので、敢えてこういう形でSSを書いていこうと意識したわけではないというはわかっているのですが、それにしたってこんなにも綺麗に話ができるのは作者の力量によるものが大きいんじゃないでしょうか。
現実的な非日常を描くのが非常にうまいんですね、このSS。
ありきたりな空気感を見事にコントロールしている筆力は本当魅せられましたね。ただこれが一般受けするかと言われるとちょっと悩みどころ。個人的にはこのSSって少女漫画のタッチそのままなんですよね。ふわふわしてて、理想的で、でも現実にはないってわかってる儚さが詰まってて、だからこそいろいろな思いを喚起させる作りになっている感じ? ありもしない田舎の河で遊んだ経験を思い出す感覚? いや、この表現じゃわからないですよねー(笑) まぁ、ようするに文章が軽くて味気なく感じる人もいるんじゃないかということです。いや、むしろそっちの方が多数派な気がするんですが、気のせいなんですかね……。
ともあれ、さっぱりしたSSが読みたい時はこういうお話とかみるとすごく幸せな気持ちになれます。小さなお店を経営するお話では、一番こういう空気感が好きですね。古き良きイベントとリアルではなかなか味わえない空気が交わって、物語が少しずつ少しずつ紡がれていくこのネット小説の醍醐味。書籍版でこれをどう再現しているのかぜひ読んでみたいですね。
あまりの衝撃に思わずSSメモに殴り書いてしまうという。
いや、うん。意外というかなんというか。
何度か読み直しているので「おー……」という納得が半分、「おー……?」という疑問が半分という気持ちです。もちろんそれは決してこのSSが面白くないとかそういうのではなくて、このさっぱりしたSSを気に入っている人が意外にいるもんなんだと戸惑っているというか。作品の悪口ではなくて、単純に近年のSSの人気傾向からして、あんまりこうもあっさりとした文体が受けるとは思ってなかったわけです。それがこうして書籍化までしているのを見ると、戸惑いの一つや二つ生まれるものですよ。
話の内容としては異世界で勇者に敗れた魔王が現代のアメリカの片田舎でラブコメするだけなんですよね。おそらくこんな辺境にあるブログに来るような人なら一度くらいは似たような設定を目にしたことがあるのではないでしょうか。しかも連載時はちょうど橙乃ままれ氏の「まおゆう」によって魔王と勇者モノのブームが巻き起こっていた真っ最中で、似たような作品が至る所にごろごろと蔓延していたという凄まじい状況。(しかもネットに限らずライトノベルでも。電撃文庫さんの「はたらく魔王さま!」とか)
つまるところ、とりわけ珍しい作品でもないんですよね、これが。
にも関わらず私が繰り返しこのSSを読んだのは、ひとえにそのあっさり風味の文章と、時々現れる濃厚なシーンに魅了されたからです。なんとなく想像される楽しい日常のセンテンスをふんだんに用いる一方で、その他の部分はそぎ落としているような文章なので、一話一話が軽く読めるんですよ。かといってそれぞれの話が独立しているわけではないので、前の話でまいた伏線を回収したり、徐々にヒロインが主人公の魔王に惹かれていく様子がゆっくり丁寧に描かれています。お題にそって書かれているので、敢えてこういう形でSSを書いていこうと意識したわけではないというはわかっているのですが、それにしたってこんなにも綺麗に話ができるのは作者の力量によるものが大きいんじゃないでしょうか。
現実的な非日常を描くのが非常にうまいんですね、このSS。
ありきたりな空気感を見事にコントロールしている筆力は本当魅せられましたね。ただこれが一般受けするかと言われるとちょっと悩みどころ。個人的にはこのSSって少女漫画のタッチそのままなんですよね。ふわふわしてて、理想的で、でも現実にはないってわかってる儚さが詰まってて、だからこそいろいろな思いを喚起させる作りになっている感じ? ありもしない田舎の河で遊んだ経験を思い出す感覚? いや、この表現じゃわからないですよねー(笑) まぁ、ようするに文章が軽くて味気なく感じる人もいるんじゃないかということです。いや、むしろそっちの方が多数派な気がするんですが、気のせいなんですかね……。
ともあれ、さっぱりしたSSが読みたい時はこういうお話とかみるとすごく幸せな気持ちになれます。小さなお店を経営するお話では、一番こういう空気感が好きですね。古き良きイベントとリアルではなかなか味わえない空気が交わって、物語が少しずつ少しずつ紡がれていくこのネット小説の醍醐味。書籍版でこれをどう再現しているのかぜひ読んでみたいですね。
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