2012年9月12日水曜日

SSメモ:IF GOD

IF GOD(鈴木チェロ)

血で滲んだバットのグリップをぎゅっと握りしめ、額に流れる汗から意識をなくして頭の中で尊敬するバッターのフォームを何度も何度も再現し、徐々に自らの姿を選手に重ね合わせてイメージを強め、一寸の狂いもなく姿が合わさったその瞬間、肩・腕・腰・足の力を開放する。現実が想像に追いつくまで、ただひたむきに忠実にまっすぐにバットを振るう。いつしか想像は尊敬するバッターから将来の自分の姿に変わり、そのフォームもバッターの理想から自身に最適化された理想に変わり、現実が理想に変わる。

このSSを読み終えた時、ふとそんな情景が浮かんでいました。
と、ここでこのSSが野球モノと勘違いされても困るので、一応言っておきますがこのSSはヒカルの碁の二次創作で、ちゃんと碁をうってます(笑) 薬も白球もうってませんよー。ダメ、絶対。
おそらくこのSSはヒカルの碁のSSで最も有名なSSだとは思うんですが、なるほどその有名っぷりに違わぬ面白さと原作へのリスペクトです。佐為がネット碁を続けていたらというなんともそそられる設定、そしてその期待に十全に応え切ったストーリー。読んでてまさしく心の震える感覚がわかります。どれくらい心が震えたかというと、あれこのお話って新手のメディアミックスかと勘違いするほど。こういうメディアミックスってありだと思うんですが、集英社さん、どうですか(

何がすごいって、本当にこのSSの中では原作のキャラクターがいるんですよ。原作のキャラが、この時この場にいたら、まさにこう動くだろうと、そう確信させる何かがこのSSにはあります。緒方さんとかまさしくそのまんま。ヒカルへのsai疑惑を強める描写とか、それこそヒカルにあっかんべーとからかわれた時の反応なんて、おいおいコミック化してくれよと言いたいくらい緒方さんの憤怒の表情が思い浮かぶんですよね。もちろんあの瞬間、あのタイミングでヒカルがあっかんべーをするあたり、この作者わかってる。

しかしなんてことはない、このSSがここまで有名になったのも、おそらくこれが二次創作ifストーリーのお手本みたいな存在だからじゃないでしょうか。上達者の誰もが通る守破離という工程を経て、一人の野球少年がプロ野球選手になる道と同じように。この作者も原作を何度も読み返し、原作者と自分の姿を重ねあわせ理想を追求し、しまいには理想を現実に落とし込める。まさしくそうして生み出された作品だからこそ、このSSはこんなにもたくさんの人に愛されているんでしょう。疑いようのないほどに、名作です。