2012年9月7日金曜日

SSメモ:開・運命の輪



開・運命の輪(神崎真亜)

くっはーー、これだよこれ!
外角低めのぎりぎりストライクな場所に鋭いけど愚直なまでのまっすぐを投げられて、手の出しようがないにも関わらずバッターボックスに立てて悔いのないと思えるこの感覚。設定も文体もキャラクターもどこか未熟で世界観すらも穴だらけなのに、きっちり読者のストライクゾーンに抉りこんでくるのは、作者のセンスを文字通り物語っています。これが書きたいんだ! と読者ほっぽり出して頭の中にある妄想をがばばーと放り出す作者のひたむきな情熱が、とくとくんと身に押し寄せてきます。

いやはや、これは無理だって。
開いてしまったらもう読むしか無い。
たとえ序盤がやや読みづらくても、改稿した後特有のちぐはぐな場所があったとしても、一度設定やらキャラクター同士の関係やらを把握してしまったら、あとはもう作者の抜群なコメディと心の機敏をうまく捉えたシリアス物語に、ひたすらのめり込むだけです。この途中からの読ませる力は鬼気迫ってます。もっと先が読みたい、先を、先を、と没入していく感覚はまさに麻薬。SS読者なんて大抵SSという麻薬の中毒者なわけですが、そんな中毒者でも満足する出来栄えです。

主人公の魁くんもいい味してるんですよねぇ。強さを隠すとか、過去にトラウマがあるとか、それなんて厨二病と思いましたけど、素の性格がツッコミ気質過ぎて、そしてストーリーのいたるところでツッコミせざるを得ない状況過ぎて、もはやかっこいいではなくかわいいになってる(笑)力を隠してる時も隠していない時も、こいつもはやツッコミしかしてなくね? あ、ヒロインやら周囲の人達からいじめられてる時のいじけっぷりもなかなかに板がついているか。つーか、生い立ちからしていじられキャラだもんね。生きてる限り、きっと魁くんはこう生きていくんだろう。
頑張れ、超頑張れ。

いやー、笑った。笑って、そして泣いた。
特に過去編読んでる時のあの尋常じゃない切なさ。
本編を読んでいるがゆえに、このなんでもない日常が、当然のように傍にいる人たちが、いつも見守っている英雄が、腫れぼったい息をついてしまうほど尊く感じてします。
なによりこうした背景を作者がしっかり練りこんでいるからこそ、本編のあの先の見えない焦燥感と緊張感が生まれるんだろうな。そりゃあ学園生活にもなかなか溶け込めないわー。現代日本の学校に戦時中の前線行きした子供をぶち込んで表面取り繕えと命令してるもんだし。

金払ってでも続きが読みたいSSって私の中ではたくさんあるんですけど、このSSはまさにその筆頭候補の一つですね。電子書籍として自費出版してくれたら、間違いなく飛びつきます。それくらい本当惜しいところで止まっているんですよ。物語の全貌がいよいよ明かされ、なぜ魔法みたいな力や学園という養成機関が存在するのか、そういった誰もがファンタジー世界で気にしない事を理路整然と説明し、過去の騒動から現在の状況を作り出すに至った黒幕の正体がようやく発覚した、まさにそのタイミングで、更新が途切れてしまっているわけですから、本当残念です。
二年越しに生存報告があり、どうやら作者の方は獣医試験に受かったようで非常におめでたいことです。もし可能ならこのまま連載してほしいんですが、獣医試験と同じく頑張ってもらえないものでしょうか……。
金を振り込む準備は2年前からしてますよー。