2012年9月9日日曜日

SSメモ:未完成の城

未完成の城(Xeno)

KanonのSSってこの界隈では有名なほど魔改造されたものが多いわけですが、ぶっちゃけるとそうしたSSのほとんどが名前とちょっとしたセリフを変えるだけで普通のファンタジー小説に成り下がるんですよね。何が言いたいかというと、どんなにKanon魔改造SSで面白い!と言われようと、冷静に作品を見るとただの厨二病ファンタジーにしかならなくて、ちょっとゲンナリすることが多いわけです。で、本作「未完成の城」はそんな感じにスレているときにおすすめされて読んだわけですが。。。

これはまいった。

普通に面白い。普通を通り越して面白い。
他のKanonのSSと同様、相も変わらず原作「Kanon」の主人公祐一くんがU-1くんになっていますが、この戦記的な空気と独特な世界観がもうそんな些細なこと気にすんな!と言わんばかりに読ませてくれます。KanonのSSに共通する序盤の定番やりとりさえ乗り超えてしまえば、あとはもう原作はどこ吹く風、ひたすらファンタジーな世界にようこそですよ。

なによりこのSSの一風変わったところは、KanonのSSでU-1モノにも関わらず、その強大な力を単純そのままに振るわないところですよ。単身で一都市を滅ぼせる力がありながら、平和を導くためにのみ使うその生き方に、言い知れない儚さを感じます。なんというか、この妙な空気感は祐一くんにだけあるものじゃないんですよね。この作品自体に、そうしたメッセージがあるというか、きっと作者の伝えたいことは、そういうことなんだろうと変な納得があります。もうなんか祐一くんが覚悟を決めるシーンとか、そうじゃない、そうじゃないだろ、と内心縋りつくように祈るように読み進めるわけですが、結局最初からこいつは変に優秀で自分の力を疑っていなくて、それでいて他人の力も疑ってないわけなんですよね。作中で祐一に対して「お前が10の力をもってるとして、おまえは他の人の力を3だと思っているだろうが、実際は1かそれ以下なんだ」とちょっとだけ諭すシーンがあるんですが、まさにそんな感じなんです。なまじ優秀な分、他人の上限までも引き上げちゃって、自分がいなくても大丈夫だという妙な断定を作っちゃうんです。こういう子だもんなぁ、この祐一くん。変にねじ曲がっているよりよっぽどいいけど、これはこれでたちの悪い素直さです。

さてさて、間違いなく主人公が中心となって物語が進んでいるわけですが、祐一くんもさることながら祐一くんを支える周囲のキャラクターが素晴らしい。この祐一くんに対する絶対なる信頼感と、その信頼の裏にある致命的な過信と、そして何が何でもこいつだけはという執念にも似た意地が、胸の奥底で眠っている何か巨大な感情を沸き起こしてきます。ある意味でそれは激情にも似た何かであり、愛と同じ存在であり、感銘に打たれる場所そのものなんでしょう。感情は留まらず引き伸ばされ、やげて希釈されてまた心の奥に眠ってしまうんでしょうが、過去に発見され、現在自覚し、そして未来に忘れ去られるまで、生きていく原動力として自分の中でアクセルを鳴らし続けるものになると思います。

それにしてもこの作者、キャラの散り際を描くのが非常にうまい。
語弊を恐れずに言えば、どんな風にキャラクターを殺せば、そしてどんな風にそれを描写すれば、その死というものを単なる死ではなく意味のある死にできるかということを非常にうまく捉えている。戦記モノなので人の生死は隣り合わせにあるわけですが、それにしたってあんな散り際見せられて、あんな描写の仕方をされると、そりゃあ心が揺さぶられるやい。あぁ、ちくしょう、作者の思う壺とわかりつつも、反応せざるを得ない。悔しい、でも感じちゃ(ry

とりあえず現状で第一部は終了しているので、ある程度後ぐされなく物語を楽しめるとは思います。2部やら外伝やらを読んでしまうと、間違いなく中毒者になってしまうので用法用量にはご注意ください。