2013年2月15日金曜日

SSメモ:陶都物語

陶都物語(まふまふ)

ふぃく……しょん? だよね?
え、あれ、これ現実には起こっていないよね? うん、そうだ。そのはずだ。時代小説でもあるまいし、そもそも転生モノなのだからそれが当たり前なはずなんだ。

なのに、SSが醸し出すこの異様なまでの現実感はどうしたものか。

まるで経済小説の大作を見ている気分ですね。いや、本当びっくりです。沈まぬ太陽とか不毛地帯とか、見るだけで現実のものと錯覚しそうになる書籍はあれど、SSでこれほどまでにリアルに迫った転生モノとかほぼ見ないんじゃないでしょうか。それもそのはずで作者の方、完全にこれ下調べどころか、もはや歴史研究の域に達しているほどに資料を読み漁ってるよ。これほどまでに情熱を注ぎ込んでひたむきに一つの物語に向き合っているのだから、それが面白くないわけがない。

舞台は江戸末期、明治で花咲く美濃焼の本元に転生した主人公の草太が内政チートではなく陶磁器チートで成り上がる(?)物語……のはず。なんというかチートはチートなんですが、あんまりSUGEEE系ではないんですよね。もちろんそういう要素も満載なはずなんですが、他の作品に比べて地味というか。それもそのはずで舞台はおちゃらけた異世界なんかではなく江戸。江戸といえば人権宣言びっくりの人権無視社会ですよ。そもそも差別格差万歳の時代で、人情や義理と言った要素はあるものの、そんなもの物語として成り立つほどに珍しい時代です。そしてそれ以上に立場の縦割り社会(武士の子は武士)がひどく、商人の家に生まれなければ商売すら成り立たない状況。そんな世界でやっていくためには、本当足元からこつこつやっていくしかないんですよね。異世界なら普通飛ばされる描写も、こちらでは非常に丁寧に泥臭く描いているので、本当その苦労が忍ばれます。異世界で現代知識披露してポンと金出るのがいかにご都合主義か。

この作品で語らずには居られないのが主人公の草太以上に、草太が執着している陶磁器。作者の陶磁器に関する知識が本当に半端ない。もはやその道の人としか思えないほどにリアルなんだけど、どうなんだろうか。江戸時代にはほぼ美濃焼の価値なんてあってないようなものなんですけど、有田焼や瀬戸物なんか現在海外でも評価されているのを見ると、まさにこの時代にブランド化に成功すればノリタケやウェッジウッド顔負けのモノができるでしょうね。草太がそこに活路を見出していくあたりはさすが元中小企業経営者というべきか。ただ問題はブランドの概念がまだこの時代では世界的に見ても薄いこと。果たしてそれを克服できるか否か。

草太が6歳にして胃潰瘍(原因:ストレス)の恐怖に怯えながら出世していく姿は見てて実に気持ちいいんですが、その裏で初恋の女の子との別れやお家騒動があったりと、いろいろ切なさのグラデーションがかかっています。これらの要素がまた随所でいい働きをしているおかげで、単なるなり上がり物語ではなく、まさしく努力の末に駆け登っている物語という印象が出てきて、続きが読みたくなってきます。しかし成り上がっているのは間違いないんですが、成り上がり過ぎると江戸幕府と共倒れというなんとも歯痒い状況が気になります。この調子でいけば明治維新起こらないんじゃね? という疑惑が浮き出てるのがすごく怖い……。

草太自身のキャラは実に汎用的な主人公だし、周りのキャラクターも取り立てて特筆するほど濃いわけではないんですが、するりと物語に溶け込んでこちらにその存在感を植え付けているのは作者の力量か。現代の安易に記号化されたキャラクターはほとんどおらず、ある意味ではそれがつまらないほどに生々しい。通訳の人なんてそれこそまさにこんな人がいたんだろうなぁ、と思うくらい行動がリアルで、うっかり草太が言ってしまう英語を誰に学んだのか即座に聞きに行くほど。優秀な人ってたしかにこういう行動するんですよねぇ……。こういう些細なところでもリアルを感じるからこそ、この物語全体が非常に繊細で生々しい現実感を醸しだすのかもしれません。