2012年9月3日月曜日

SSメモ:クロスマテリア

クロスマテリア(キサ)

じれってぇーーーー!!!
なんだこの甘酸っぱい青春モノは。この世界ふぁんたじぃなのに、どうしてこう恋愛がこんなにも現代みたく苦しんで傷ついてそれでも一途に想ってそれでいて誰も彼もが良い人なんだ! いやちょっと待とう、このSSは恋愛モノではない。愛というものをテーマの一つにはしているのだろうけど、端的にいえばとある少女の冒険譚であり、成長モノであり、1人の男の救済物語である。それがこうまでじれったいとおいおい、高校時代の有りもしない青春を思い返してしまうではないか。くあー、お前らの愛で世界が爆発だよ!!

主人公のミリアは天才で馬鹿で天然で、でも優しくて思いやりがあって、それでいていろんな意味で残念な女の子なわけですが、だからこそ目が離せないくらい見守ってあげたくなる魅力があるんですよ。温泉にミルクぶち込むとか、蜂の巣退治で家崩壊させるとか、危なっかしくて目が離せませんが、そうやってすべてを終えた後でえへへと笑い過ごすことのなんと無邪気なことか。偏屈な馴染みも不幸な魔神もおせっかいな妖精も、そしてとびっきりの傲慢で自己中な神父も、そんなミリアの毒手にかかった連中なわけです。結局のところ揃いも揃ってこいつらみんな良い人なんですよね。やれやれとか言いつつ、実に内心心配してるのが読み手にはバレバレで、余計にこいつら~~!!ってなります。

しかしこのSSはただただ甘いだけではない。最初からフルスロットルにこれでもかとファンタジーを全面に押し出し、この世界が甘いだけではないことを知らされます。何もいきなりこんなにもドロドロしなくてもと思うんですが、舞台説明とかミリアの強さとか、あとは周辺登場人物の紹介とかも違和感なくさらっと物語に組み込んでいるのはすごいところ。序章でこれだけ魅せるSSもなかなか見ないのではないだろうか。

舞台となる世界は法が支配する世界なわけですが、これだけ聞くとやたら厳格で神聖なもののように思えますが、実態はもうちょいファンタジーで、法を司る組織の長たちもちょっと抜けてて、でもやる時はまじめで、弊害も怨念も悲劇もたくさんありつつ平和に回る世界なわけですよ。コメディチックなところからドシリアスに至るまで、とても同じ世界とは思えないほど破天荒な明るさと暗さに満ちています。女性主人公でここまでコメディを交えたシリアスな冒険ファンタジーは、ちょっと他に思いつかないなぁ。

後半からの物語の加速具合は非常に絶妙で、過去から続く因縁や伏線、親世代の話と現世代が繋がり始め、そしてそれらを一気に引き上げてくる展開は徹夜モノ。まだかまだかと期待が溜まっていた中で怒涛の回収劇は、ああこれぞSSの醍醐味と至高の幸福を覚えます。しかもこの物語、長編ファンタジーSSとしては見事に風呂敷を畳み完結に至っているので、後ぐされなくすっきりと読み切ることができます。むしろ後日談をもっと読みたいほどにはキャラに愛着を覚えています。

ただでも、個人的に一番好きなのは番外編なんですよねぇ。
それもボーイミーツガールのやつ。
主人公と馴染みの出会いを描いたこの短編、なんとなく望郷の念というか郷愁を匂わせる少年時代を思い起こさせるんですよ。本編もいいんですが、さりげない些細な日常とその変化を描いた番外編に、自分としては非常に心を打たれました。

ファンタジーな世界で冒険と恋愛と甘酸っぱさとほろ苦さを手にしたいならぜひ。