ラベル 連載:完結済み の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 連載:完結済み の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2013年5月30日木曜日

SSメモ:ショタ勇者様育成計画

ショタ勇者様育成計画(めそ)

ほのぼのだと思った? 残念! 魔王様でした!!

騙された。
いやー、これは素直に騙された。最初は筆がすべっていたのだと思いました。のっけから女魔王が私より強いやつに会いに行く状態だったり、男勇者がショタすぎて困ったり、レベル1から育っていくシーンがほのぼの過ぎて、完全にこれはこの路線で走っていくものだと錯覚してました。

話の大筋は女の大魔王がレベル1の勇者を育成して、将来の自分のライバルにしようという光源氏も真っ青な計画を丁寧に描写していくというもの。もちろん修行シーンもありますが、話の要所要所に出てくる魔王様のツッコミ待ちの行動がなんともシュール。いや、お前はっちゃけすぎだろと誰しもが思うこの破天荒な行動に、部下も胃薬がはなせない。うん、どう考えてもこのあらすじの段階でシリアスな話ができるとは思えない() いや、誰しもが思いますよ、これはほのぼの魔王が勇者を育てる育成小説であると。

勇者の素質も見えて、サブヒロインも登場して、ゆっくりと着実に物語が進み。
そして中盤に差し掛かるわけです。
それはまさしく魔王様全開シーン。別の勇者パーティを蹂躙するその光景はもう凄惨の一言。ここまで容赦なくほのぼのをぶち壊し、一直線にシリアス方向に面舵いっぱいするとは想像していませんでした。
いや、正直に言いましょう。

ここまでシリアスに方向転換できるとは思ってませんでした。

これはもう作者のことを侮っていたとしか言い訳のしようがありません。むしろこれはもう作者の切り替えが鮮やか過ぎたと評するべきだと思います。ただし、なんとなく予兆はありました。このままの作風でいけばマンネリ化するだろうなぁ、という気はしてましたし、話の動きとしてそろそろ何か急転するものがあるんだろうなぁ、と漠然とした話の流れは理解していました。しかしですよ、それを理解したとしても、たぶんこんなにガラッと切り替えられるとは思っていませんでしたし、ことネット小説で言えば、それこそ普通は替えられずだらだら話が続いているものです。まだまだ自分のネット小説への理解は浅はかなものなんだと少し反省しています。そしてそれ以上に、まだまだネット小説にはたくさんの可能性が眠っているんだなと希望も見えます。

シリアスに舵を切ってからは、それはもう話のスピードが加速していきます。王道の武道会。妙なライバルの登場。ひっそり勝利の階段を駆け登る勇者。裏で進む謀略。そして決勝戦でのボス登場、落ちこぼれ勇者の活躍。なんとまぁ、王道的でカタルシスあふれる展開なこと。それでいて決して読者の期待を裏切らない話の筋。もはや序盤のほのぼのなんか忘れて、ただひたすらに読みふけるしかありません。物語に夢中になってのめり込んで、気がつけば頑張れと応援したくなる感情が、たまらないほどにこのSSのうまさを表しています。

この急展開を選ぶ際に、作者の方はかなり葛藤があったんじゃないでしょうか。ほのぼのでも人気が出ているのに、変える必要があるのか、と。しかし結果としてこの切替は英断だったと思います。これがあったからこそ、その後の物語が加速して、無駄に世界観の風呂敷が広がらずにすんだと思うので。広げようと思えばいくらでも広げられる下地はあるけれども、それをせずに本当に書きたいものを書いた作者の、その選択と集中の決断はネット小説で稀にみる素晴らしいものだと思います。

完結した作品なので、ぜひそうして形作られた物語の結末を見て下さい。
きっとみなさんも、こう思うでしょう。
デルフォード爆発しろ。

2013年4月21日日曜日

SSメモ:辺境護民官ハル・アキルシウス

辺境護民官ハル・アキルシウス(あかつき)

ストン、と心に落ちてくるとでも言うんでしょうか。
いやはや、読み終えた瞬間の脱力具合とこれで終わりなのかという疑問の抱き具合がちょうどいい塩梅にブレンドされているこの読後感。何事も「もっと先を」と思わせた所で終わらせるのがちょうどいいという説があるわけですが、まさにその意味が実によくわかるSSでした。小説の終わりにしては少々物足りない感はあるものの、ひとつの完成した物語として見れば完成したパズルのごとくきれいにピースが揃っているので、非常に楽しめるものになってると思います。

ストーリーとしては特筆するものがない、というのが正直な印象。国でそこそこの官吏をしていた主人公のハルが、ある貴族の不興を買ってしまい、辺境に飛ばされたところからストーリーが始まるというのが大筋の流れです。おそらく似たようなシチュエーションのSSを探そうと思えば簡単に見つかるんじゃないでしょうか。その後の展開もおおよそ既定路線というか、完結まで大きく話を踏み外したものはないはず。少なくとも敬虔なSS読者の人ならどこかで見たようなシチュエーションをころころ見ることになると覚悟した方がいいかもしれません。まぁ、だからといって面白くない、というのは早計というもの。いや、もう少しストレートに表現しましょう。

面白い。実に面白い。
そして何より「興味深い」。

これだけ既視感のある展開を組み合わせて、なお面白いと思わせるSSは、長年SSを読んできた自分でもほとんど見たことがありません。特にオリジナル小説になってくると、それはもう脳みそを絞りに絞ってようやく1作か2作出てくるか来ないかくらいしかないと断言できます。一体全体このSSのどこにそう思わせる力があるのか、ついぞ自分にはわからなかったのですが、ただシステム思考的に物語の展開を組み合わせたいならまずこのSSを研究するところから始めると、いろいろ見えてくるものがあるんじゃないかなーと思う次第です。

このSS、きっと賛否両論なんでしょうねー。
たしかに中盤見慣れた展開が続くし、一つ解決してはまた一つ、といった感じの積立方式で話が進むから、スピーディーで斬新な話の組み立てが求められている現在のSS業界においては、あまり受け入れられないお話かもしれません。けれども自分にとっては逆にそここそがこのSSの魅力なんだと言い張りたい。なにせそれは言い返せば初心者に優しいということでもあり、また見返した際にこれはあとでこう繋がるんだよなー、と先に思いを馳せながら読むことができるからです。特にこのSSは中盤のメインが内政ですから、そこをつまらないと感じるかなるほどと感じるかでかなり意見が別れるでしょう。

すべてのSSがシリアスである必要はないし、長編でなくてもいいし、厨二よろしくオサレ戦闘をしなくてもいい。そういうことはおおよそ全SS読者が理解していると思います。なにせこの業界、どこかのジャンルが唐突に爆発的に流行ったり、あるいは風船が萎む勢いで駆逐されたりしていったりするので、多様性がないととても存続できません。今では二次創作でよくあるオリ主要素も、過去ではマイナー、というか明らかに地雷要素だったんです。それが現在ではメジャーに昇進しているあたり、この業界の流行り廃れは読めません。だからこそ。このSSのような見慣れた展開が組み合わさったSSがあることは、これからSSを執筆する人の一つの参考になるし、同じくこれからSSを読む人にとっても判断基準として使えるのだと思います。

いろいろ書いてきましたが、ようするに言いたいことはひとつです。
SS業界では貴重な改訂版を完結させた作品なので、ぜひ読んだほうがいいです(笑)

2013年4月10日水曜日

SSメモ:ドラゴンクエストUSB

ドラゴンクエストUSB(ファイヤーヘッド)

ふ、ふはは、あはははは!!! チャレンジャーだ。生粋のチャレンジャーがここにいる。よくもまぁ自分で黒歴史と認識しているものを公開できるものだ(褒め言葉)。USBに忘れ去っていたというところから来たであろう安直な題名を恥ずかしげ無く披露し、全てを開き直って全力で石投げてこいというウェルカムな状態まで開き直るその勇気、まさに尊敬に値する。しかもおそらく内容はほとんど修正していないのだろう、こういうの妄想したことあるなーというネタや展開がピンポイントに仕込まれていて、これだけオープンであるなら「痛いwww」と笑うよりむしろ「同じ妄想したことあるぜwww」という気持ちが強くなって、次々読み進めてしまう。これほど痛面白い作品がほかにあるだろうか。

本作品「ドラゴンクエストUSB」は「今のはメラゾーマではない・・・メラだ・・・」のセリフで有名なバーン様が登場する漫画「ダイの大冒険」の二次創作SS。ダイの大冒険自体がドラクエの二次創作なので、もしかしたらドラクエの三次創作といったほうが適切なのかもしれません。逆行・主人公最強・TSとまさにSS全盛期の地雷原がマッハですが、まぁそこまで気になるほどの原作崩壊は少ないのでたぶん普通に読むことはできます。というか普通におもしろいので何度でも読めます。SSってどんなに地雷要素があっても面白く調理しようと思えばできるのだなぁ、と感じさせてくれる素晴らしい作品。ここでもう一つ「普段は力を隠して……」という設定を入れればもう完璧でしたね!() そもそもこれらの要素って時代を作ってきたわけですから面白く無いわけがないのですが、やはり同じネタをどこらかしこもやっていると差別化が必要なわけで。地雷ネタをそのまま使うのではなくて、何かしら工夫を施すだけでかなりいいSSができると思うのですがどうなんでしょう。誰かやってみません?(

ストーリー自体はすこぶる逆行系の王道で、最強無双、原作沿い展開、主人公支援とまさにSS懐古厨至れり尽くせりの内容。この古き良き設定が、また厨二心と黒歴史妄想を掻き立てる掻き立てる。圧縮→威力増のコンボはもはや鉄板。魔闘士というネーミングと併せてこれはもう厨二乙、でも面白いからもっとやれ、と言わざるを得ません。主人公はポップの生まれ変わりの少女セラであり、彼女が逆行することで物語がスタートします。当然過去の世界にはポップがいるわけで、セラから見たポップがすごく面白い。過去の自分を見るとまさにこういう気持ちを抱くんだろうなと感じます。仲間とのやりとりも、適度な距離感と信頼感があり、そして何よりポップがセラを疑っているという話のもっていきかたは個人的に逆行系の中でも一番バランスのとれた配分だと感じます。まぁ、ここは人それぞれ感覚は違うでしょう。がっつり原作メンバーに関わるのが好きな人がいれば、原作に関わらないまったく別物の展開の方が好きな人もいるでしょうし。自分は面白ければどっちでもいい派ですけど。

それにしても、誰がどう見ても黒歴史な内容なのに、どうしてこれほど面白くできるんでしょうね。これってかなり重要なことです。正直初めて読んだ時は失礼ながらここまで読み返すとは思っていなかったです。でもいつの間にかふとした時に読み返していたり、ドラクエSSが読みたい衝動に駆られた時はちらっと見たりしているので、本当不思議。痛面白い作品に惹かれているのか、作者の筆力の高さに感心しているのか。真実はいつも謎。ただ言えることは、このSSが逆行王道系として一度は必ず目を通したほうがいい作品であるということ。これ読んで、どこが地雷要素なのか、どこが受ける場所なのか研究すれば、そこそこ作品の質があがると思います。なにせ王道突き進んだ作品ですから。

ん? なに? 逆行系の王道だったら原作主人公のダイが逆行すべき?

……。

ダイの大冒険の主人公はポップです。

2013年4月7日日曜日

SSメモ:DARK QUEEN

DARK QUEEN(D・W・W)

昔からある有名作。上司から理不尽な呼び出しを食らったのでちょっと「独裁」について考えていたら、ふとこのSSのことを思いついたので読み返したわけですが、相も変わらず面白い。いつ読んでも面白いというのは、本当ネット小説にかぎらずいい物語の条件だと個人的に思っています。アニメにせよ、ラノベにせよ、名作というのはいつ体験しても面白いもの。懐古厨言うなし。

さてはて、このSSを読み直すきっかけとなった「独裁」というキーワードですが、独裁というのを否定する風潮が世の中にはかなりの割合であると思います。それは独裁が多くの悲劇を引き起こしてきたとか、今日では当たり前の人権をないがしろにしてきたという歴史的経緯を学校なり書籍なり、もしかしたらラノベやアニメ、ゲームなりで学んできたからでしょう。あるいは民主主義が進む世の中において絶対的な決定権、生殺与奪権をもつことに対するやっかみ、嫌悪感といった感情も起因しているのではないでしょう。ある意味では「独裁」という言葉自体に「悪いこと」というイメージが付き纏っているわけです。

本作「DARK QUEEN」はある独裁者を描いたダークファンタジー。中世文化水準の世界で、とある経緯から人類というには非常に怪しい存在になった少女クラナが人類の頂点に立つためにのし上がっていくわけですが、当然のごとく人を殺したり、必要があれば生かしたりと、まんま絵に描いたような独裁者。しかしだからといってそれが人類にとってマイナスかと言えば、どうも読んでいる限りはそうでもない。むしろ人間の価値を認めたり腐敗している行政を成敗したり、合理性を追求して周りの人からは英雄にも等しい扱いをされています。素晴らしいのはクラナ自身がそうした行動をとることこそが自分の望みを叶える最短距離であると考えており、周囲の仲間もまた彼女のそういった思考をわかった上でついていっているということ。

ストーリーやキャラクターの魅力もさることながら、個人的に一番好きなのはメイン登場キャラクターの一人が主人公に対して言った下のセリフ。

「貴方がとても恐い方だとは分かっていました。 ついていけば利用されるのだって分かっていました。 でも、不必要な嘘を付いたり、理不尽な事はしないとも分かっていました」
(4.ヒトノココロ より抜粋)

まさにこの一言の中に、自分がこのSSで受けた感銘の全てが入っているといっても過言ではありません。つまり、不必要な嘘をつくことや理不尽な行いをすることは、独裁よりも耐え難いものであると言っているわけです。独裁は「理不尽な行い」をしやすい環境にありますからいろいろと批判されますが、それがなくなってしまえばもはや独裁というのは優れたリーダーによる統率と代わりがないのです。

民主主義を否定する気はないですし、独裁を賛美するわけでもありませんが、いささかどちらも極端に美化、あるいは卑下されすぎていると感じる今日この頃。どちらが良いとか悪いとかそういうのではなくて、何がダメで何がオッケーなのか1つずつ考えていくことが、もしかしたら重要なのかもしれません。

それにしても幼女戦記といい死神を食べた少女といい、どうしてこう独裁的な少女を描く作品が多いのでしょうか……。ぅゎょぅι゛ょっょぃ。

2013年3月8日金曜日

SSメモ:魔法戦国群星伝

魔法戦国群星伝(八岐)

U-1モノです。

……またか、とか言わないでください。えぇ、わかっています。KanonのSSでこれまでほぼU-1モノしか紹介していないことくらいわかっています。もう厨二は飽きたんだよとか、時代は「奇跡って起こらないから奇跡」から「奇跡も魔法もあるんだよ」になってるとか、十分承知の上です。

でもでも何回も読み返しちゃったんですから仕方ないじゃないですか!!(逆ギレ)

Kanonの二次創作でU-1モノという化石のようなSS。っていうか化石といっても過言では無いかもしれない。それでも何度でも読みなおしてしまう魅力がやはりこのジャンルにはあると思うんですよね。ただ、このSSの場合かなりクロスオーバーが多いので、全作品知らない人は結構読みにくいかもしれません。あと当時のお約束的な展開とかも多々あるので、なろうでSSを読んで育ってきた世代には厳しいかも。ただ、だからこそ余計に読んでほしいなと感じる作品でもあります。特に今の作者さんには。なにせ今のテンプレにつながるような要素がたくさんあるので、その原点を知る意味でも。歴史的経緯を知れば、今後自分がどうアレンジすればいいのか考えることができるので。あながちこうしたSSやラノベの歴史を知ることは書き手にとってかなり有用ですよ。どうしてツンデレが生まれたのかとか調べると面白い。

と、余談はさておき。このSSのストーリーについては語りません。なんかこの手の作品はあらすじ言ってもだいたい似通ってしまうので。ただ戦記と王道ファンタジーをブレンドしてお話を進めるという感じの結構ややこしいSSとだけ言っておきます。物語の構造を勉強している人からすれば、たぶんダメダメな点数をつける気がしますが、こういうフリーダムな感じのSSの方が見てて楽しいですね。キャラは原作あるので当然立っているし、過去話やストーリーの二面展開なんかは、当時とてつもなくわくわくして更新が待ちきれませんでしたね。

ただ大変個人的なお話をしてしまうなら、このSSのエピローグが大好きです。もちろんSSの本編自体もすごく好きで、物語に引きこまれた時なんかは時間を忘れてSSを読み返したりしたこともあるわけですが、それ以上に一つの物語が終わった際の最後に語られるその後の世界が大好きで仕方がありません。ラノベで言えば本編よりも後日談。ゲームで言えばファンディスク。蛇足と評されようがなんだろうが、一つの世界がその後も続いているあの読後感こそに、自分は言い知れない震えるほどの魅力を感じているわけです。エタる傾向が高い長編SSだったからこそ余計にその後の世界のお話に焦がれているのかもしれません。

そんなわけでこのSSを絶賛おすすめ。ちなみに作者の八岐さんは今ではあまり物語を書いておらず、もっぱらラノベレビューをしています。それはもう圧倒的な量と質のレビューがあり、もし気になるラノベで購入を悩んでいたら、ぜひ八岐さんのレビューを読んでみてください。自分もいつも参考にさせていただいています(笑) なにげにこのブログも少し八岐さんの影響を受けて、このような少し長めのSSレビューしているわけで、ある意味では八岐さんが存在しなければこのブログも存在しなかった……はず。この場をお借りして感謝の意をこっそりと表したいと思います。

2013年2月8日金曜日

SSメモ:ヴァルハラ学園物語

ヴァルハラ学園物語(久櫛縁)

たぶんに思い出補正も強く影響していますが、いまでもちょくちょく読み返しているのがこのヴァルハラ学園物語シリーズ。典型的な学園ファンタジーモノで、現在のテンプレにつながる要素もチラホラ。星の図書館というサイトに掲載されていたので、そちらの名前で知っている人の方が多いかもしれません。

基本的に話しの内容はコメディで構成されています。苦労人主人公のライルが周囲の仲間が読んでくるトラブルに巻き込まれてひぃひぃ言ってる感じ。たまに自爆してたり。ノリが完全に中学生なので、展開も文体も今読み返せば苦笑いせざるを得ない箇所もいくつかあったりします(爆発オチとか文字の大きさ変えるとか)。それをつまらないと判断するか生暖かい目で見るかは読み手に委ねますが、個人的には当時のお約束、というものを懐かしがりながら読むと結構楽しめると思います。もちろん元々の内容も面白いので、初めて読む人も文体に対する嫌悪がなければのめりこめるはず。

しかしギャグ・コメディ小説につっこむのはやぶさかなんですが、主人公のライル以外まともな人がいないのはどういうことだw ヒロイン(?)の暴走魔法少女のルナ(決して暴力ヒロインではないと信じたい。原型ではありそうだけど)はもちろん、脳筋大食らいのアレンに女装趣味の王子クリスといったパーティメンバーの個性豊かさといったら、さぞ苦労しそうだなぁと思わされるメンツばかり。そこに精霊のシルフィもまじってどんちゃん騒ぎなのだから、ライルの苦労が忍ばれる。そして一番涙するのはもうそういうポジションでいいよと諦めがついているライルの達観根性ですねー。ストーリー中、一瞬だけ反抗期になるわけですが、即座に元通りのポジションに戻るあたり、本当そういう星の下で生まれたと思わないとやってられないのかもしれませんが。

ただ、この作品を語る上でやはり避けられないのが外伝や番外編の存在。大昔の勇者ルーファスが蘇ったの話やその子供の話もさることながら、勇者が魔王を倒す旅をダイジェストに掲載している「ゆうしゃくんとなかまたちシリーズ」は傑作もの。正直個人的には本編よりこっちの方が好きだったりします。本編と同じく基本ギャグ・コメディな作風なんですが、たまに出てくるシリアスで切ない話が尋常じゃないくらいの破壊力で襲ってくるので、油断なりません。この話を読んで改めて本編を読んだ時、こういう平和な生活ができているのは過去にこういうことがあったからなんだなぁ、というのをしみじみ感じさせてくれます。でもやっぱりギャグものなので笑っちゃうんですけどね!

2013年1月16日水曜日

SSメモ:魔王『この我のものとなれ、勇者よ』勇者『断る!』

魔王『この我のものとなれ、勇者よ』勇者『断る!』(橙乃ままれ)

一体全体この「まおゆう」というSSをどう言葉で書き表せばいいものか。

夢中になって、ひたすらに繰り返し読み込んで、気がつけばこの「まおゆう」世界に魅了されて。勇者と魔王という古き良き題材への物懐かしさ、経済や近代化をテーマにした目新しさ、そしてSS全体から感じる「あの丘の向こうには何があるんだろう」という胸の高鳴りをひっさげ、いざこのSSの感想を口にしようとして。

――はて、自分は何を言おうとしていたのだろうか、と固まってしまう。

溢れ出る言葉の堰がまったく切れないんですよ。SSに対する感情が喉元まで出てきているのに、それを言葉という形に落とし込めることがいっこうにできない。これは困った。しかし、それでいてさらに困ったことには、言葉にできなくていい、と納得している自分がいるということ。たぶん言葉にできない、ということこそがこのSSに対して自分が抱いている感情のすべてなんだと思います。

まいったなぁ。いや、本当まいった。
魔王と勇者の二者関係を改めて見つめなおし、平和な世界への道(作中では丘の向こうと表現。超重要)を模索するというのがこのSSの大筋の流れなわけですが、これがすごいのなんの。これまでの勧善懲悪に疑問を呈する作品やファンタジー世界への考察作品とは違い、信念や思想などではなくあくまで経済という「理論」をもとに世界へ挑戦していく魔王と勇者の姿は、泥臭く地道ながらもそのひたむきさに焦がれるものがあります。紆余曲折、それこそ経済や人権、近代化といった話を経て、最後に超王道的な展開で風呂敷をたたんでくるストーリーなんて、もはや感動すら通り越して畏怖すら覚えるほどまさしく圧巻の一言。こんなのわくわくせずにはいられないじゃないですか。

魔王と勇者を取り巻く人達も実に魅力的で、一人一人がちゃんとこの世界の中で生きているんです。懸命に生き抜いているんです。このSS内で登場する人全員が、名前こそないけれども確かに世界に一人しか存在しない主役なんですよ。だから人が死ぬときはこんなにも悲しいし、その仇をうとうとする姿はこんなにも切ないし、こんなにも敵が憎く、それを受け入れる姿に心が打たれるわけです。もちろんいろいろ考えさせられる場面はたくさんあります。人によっては受け入れられない展開もあるでしょうし、近代化に対する批判や「丘の向こう」というテーマに対してちゃんとした答えを出していないシナリオに激情を覚える人もいるでしょう。目を皿にして親の敵を探すように物語の粗を探せばいくらでも見つかるかもしれません。

でもだからといってこのSSの面白さがそれで損なわれることなんてなく、むしろこうやっていろいろ考えさせられたり意見を抱いたりすることこそに、このSSの魅力ってものが詰まっているのだと思います。「まおゆう 考察」などでググればわかると思いますが、近年でこれほど多くの人に考察・絶賛・批判されているSSはまず他にないと思います。つまりそれだけこのSSはいろんな人に読まれ、考えることを促し、その上でアニメ化するまでに人を巻き込んでいるんです。単純なSSとしての魅力もさることながら、考えることの面白さを提供しているという意味で、SSとしてまさしく理想的で完璧な作りをしているのではないでしょうか。もしこの作品を読んで何かしら思うところがあれば、きっとそれは作者の思う壺にハマっています(笑)

いつかの日か、自分がこのSSの感想をはっきりと言葉で表せた時。
その時初めて自分はこのSSの魂胆に気づくのかもしれません。もしかしたら魂胆なんてものないのかもしれませんが、きっとその時はその時で魂胆なんてない、ということに気づくでしょう。その段階こそが、きっと今の自分にとっての「丘の向こう側」なんでしょうね。

2013年1月9日水曜日

SSメモ:魔王はハンバーガーがお好き

魔王はハンバーガーがお好き(28号)

気づいたら書籍化してたSS。
あまりの衝撃に思わずSSメモに殴り書いてしまうという。

いや、うん。意外というかなんというか。
何度か読み直しているので「おー……」という納得が半分、「おー……?」という疑問が半分という気持ちです。もちろんそれは決してこのSSが面白くないとかそういうのではなくて、このさっぱりしたSSを気に入っている人が意外にいるもんなんだと戸惑っているというか。作品の悪口ではなくて、単純に近年のSSの人気傾向からして、あんまりこうもあっさりとした文体が受けるとは思ってなかったわけです。それがこうして書籍化までしているのを見ると、戸惑いの一つや二つ生まれるものですよ。

話の内容としては異世界で勇者に敗れた魔王が現代のアメリカの片田舎でラブコメするだけなんですよね。おそらくこんな辺境にあるブログに来るような人なら一度くらいは似たような設定を目にしたことがあるのではないでしょうか。しかも連載時はちょうど橙乃ままれ氏の「まおゆう」によって魔王と勇者モノのブームが巻き起こっていた真っ最中で、似たような作品が至る所にごろごろと蔓延していたという凄まじい状況。(しかもネットに限らずライトノベルでも。電撃文庫さんの「はたらく魔王さま!」とか)

つまるところ、とりわけ珍しい作品でもないんですよね、これが。

にも関わらず私が繰り返しこのSSを読んだのは、ひとえにそのあっさり風味の文章と、時々現れる濃厚なシーンに魅了されたからです。なんとなく想像される楽しい日常のセンテンスをふんだんに用いる一方で、その他の部分はそぎ落としているような文章なので、一話一話が軽く読めるんですよ。かといってそれぞれの話が独立しているわけではないので、前の話でまいた伏線を回収したり、徐々にヒロインが主人公の魔王に惹かれていく様子がゆっくり丁寧に描かれています。お題にそって書かれているので、敢えてこういう形でSSを書いていこうと意識したわけではないというはわかっているのですが、それにしたってこんなにも綺麗に話ができるのは作者の力量によるものが大きいんじゃないでしょうか。

現実的な非日常を描くのが非常にうまいんですね、このSS。
ありきたりな空気感を見事にコントロールしている筆力は本当魅せられましたね。ただこれが一般受けするかと言われるとちょっと悩みどころ。個人的にはこのSSって少女漫画のタッチそのままなんですよね。ふわふわしてて、理想的で、でも現実にはないってわかってる儚さが詰まってて、だからこそいろいろな思いを喚起させる作りになっている感じ? ありもしない田舎の河で遊んだ経験を思い出す感覚? いや、この表現じゃわからないですよねー(笑) まぁ、ようするに文章が軽くて味気なく感じる人もいるんじゃないかということです。いや、むしろそっちの方が多数派な気がするんですが、気のせいなんですかね……。

ともあれ、さっぱりしたSSが読みたい時はこういうお話とかみるとすごく幸せな気持ちになれます。小さなお店を経営するお話では、一番こういう空気感が好きですね。古き良きイベントとリアルではなかなか味わえない空気が交わって、物語が少しずつ少しずつ紡がれていくこのネット小説の醍醐味。書籍版でこれをどう再現しているのかぜひ読んでみたいですね。

2012年12月15日土曜日

SSメモ:涼宮ハルヒの微笑

涼宮ハルヒの微笑

古くから二次創作SSを読んでいる人はなんとなく感じていると思うんですが、原作の穴や矛盾をついたSSって数多く存在するんですよね。もっと具体的に、原作キャラクターの行動信念や発言などでストーリーや現実と矛盾している箇所に対し、独自の見解を加えるSS、と言ったほうがいいかもしれません。FateとかヱヴァなんかのSSってこういうの多いですし。近年になってからは原作のこうした点に対して、いわゆるSEKKYOやアンチ・ヘイトというスタイルで指摘をするジャンルが増えていますが、これって「この物語を作者はこう解釈した!」っていうだけであって、別に新しくも何ともないわけです。作者や読者がどう思っているのかは知りませんが(安易にアンチ・ヘイトは嫌だ! というのは作品ジャンルに対する侮辱でもあります。安易にアンチ・ヘイトを描くのも原作に対する侮辱ですが)。

でもこういう解釈系(SEKKYO含む)の作品ってほとんどが、本当のところ原作に踊らされているのだと思うんですよ。敢えて物語に穴を用意して解釈の余地を残しておいたり、反発する意見がでるようなことをキャラクターに言わせたりしている原作って多いと思うんですよね。いや、正確にいえば原作者の頭の中にある物語が作品として描写される過程において、取りこぼされてしまった箇所が穴になった結果として解釈の余地を残したり、キャラクターを印象づけるために極端に思想を偏らせた結果、他の多様な思考を想起させるようになったりしている、とした方がいいかもしれませんね。意図的かそうでないかはともかく。

で、結局のところこうして作られた原作の穴にのっかって、二次SS作者は自分の考えた合理的な解釈をSSにしているわけです。なので大抵の作品は原作に躍らされることを強いられている(いや、別にこれが言いたかったわけではありませんよ? 本当デスヨ?)わけです。ところが一部のSSはそうやって踊らされずに、なぜこの物語の穴や矛盾が発生したのかを考えているわけで。もちろん答えなんてないわけですが、なぜを追求した結果出た結論に整合性があればあるほど、SSの説得力がまして物語の深みがでるわけです。つまるところ用意された舞台で踊るのではなく、舞台の生い立ちを考えることがいいSSにつながる秘訣だと思うんですよね。(当然例外もあるので個人的な体感でこういうSSは面白いことが多いというだけです)

さて、なぜこんなことを初っ端から長々つらつら書いているのかというと、この「涼宮ハルヒの微笑」という作品はまさしく原作の穴に真っ向から挑戦しているSSだからです。キョンの一人称一人語り視点を再現しているのはもちろん、原作の矛盾や謎だった組織のことなどを鮮やかに合理的に「なぜ原作でこうなっていたのか」を突き詰めて解釈していく様は、まさしく解釈系SSの鏡ともいえるでしょう。もちろんストーリー進行のほうも実に構成がしっかりしており、泥臭い行動や伏線回収の手法、セリフに対する感情の込め方など、もはや芸術の域といってもいいくらい。特に物語終盤の長門とキョンのやりとりなんかは鳥肌が立つほど素晴らしいと感じましたね。何度も何度も原作を読み返し、明らかにされていない箇所には独自の切り口から分析を加え、どのようにすれば原作に支障を来さずSSを作れるかを黙々と考える作者の姿が目に浮かぶようです。これには本当まいった。原作以上に原作らしいという二次創作SSにとって最上級の褒め言葉すら霞んでしまうほどの出来です。

このSSの恐ろしいところは原作が未完であり、かつSFの舞台装置をラノベにもってきたとも言われる涼宮ハルヒの憂鬱という作品に対して、独自の解釈をしていったことでしょう。なにせ矛盾しかないジャンルNo.1といっても過言でもないSFというジャンルに対して、ラノベ風にテイストされているとはいうものの合理的に解釈しようというなんて正気を疑います。というか普通は途中で破綻してしまうものだと思うんですが、よりによってそれをこのレベルの作品に仕上げるのは常識はずれもいいところ。作者不詳がもったいないほどです。このSSを書いた人にはもっといろんな場所で活躍してほしいですね。

追記(2013年4月20日)

作者様が判明しました。名乗り出ていただいて、ありがとうございます。
……うん。私の調べが至らなかったというだけで、普通に作者は判明していたというね!
というわけで反省も込めて記事本文の内容はそのままにしておきます。。。

さらに追記(2013年5月8日)

誰が作者か論争が起こっているそうなので、ひとまず作者の名前を消しておきます。正直議論が水掛け論になっていて、いきなり「どうも作者です」と言われてもそれこそ単なる荒らしにしか見えないので、あまりこういう措置は採りたくなかったのですが、ちょっとコメント欄が炎上気味だったので仕方なしにこの形になりました。ご了承下さい。

2012年11月2日金曜日

SSメモ:幼女戦記Tuez-les tous, Dieu reconnaitra les siens

幼女戦記Tuez-les tous, Dieu reconnaitra les siens(カルロ・ゼン)

うわっ、うっわー……なんだこれは……。

もう感嘆の息しか出ませんよ、これ。よくもまぁ世界大戦を2つ混ぜてこねて、きちんと形として仕上げているものだ。コーラとペプシを混ぜたらよくわからないすごい炭酸飲料ができたよ! と無邪気に喜んでるみたいで、なんかもうこの時点ですごく狂気じみてる。いや、一度は妄想したことありますよ? 大戦2つ混ぜればすごい戦争になるんじゃないかって。2度に渡る大戦において、それぞれ特筆して大きく技術が発展しており、苛烈極まる塹壕戦がいかに凄惨か、そしてそこでどんなドラマが生まれるだろうか、さらにそこに焦土作戦やら核やらが登場してくるとどうなるのか、戦記が好きな人なら多少なりともそこにロマンを感じるはず。

しかし、しかしだ。
そこには多大な困難が待ち受けていることは言うまでもない。
そもそも一般的な人は戦争なぞ知らないし、海外でやってるどんぱちなんぞテレビで知る生ぬるく過激な現状をのほほんと眺めているし、地元のとち狂ったヤクザの総本山でもない限り、こんなにも戦争末期の雰囲気万歳!みたいな頭のネジが飛び散った感想などは抱かないものである。またかなり専門系の人、いわゆる軍オタ、ミリオタになってしまうと、これもやや個人の頭の中で全てが完結しやすく、そうした人間に限ってなかなか自分独自のものを生み出し難いものである。

だがそれを容易くやってのけ、ドイツのルーデルを彷彿させるような主人公を投入し、戦時の英雄と讃えられるなど、まさしくフィクション戦記の王道であり、狂気じみた思想や特別なカリスマ性、歴史造形の詳しい解説は、この物語が提供する一つの完成されたテイストに違いない。そして何とも恐るべきことにこの物語には人を魅了してやまない幼女人の儚さを冷酷なまでに余すところ無く描いている。軍人のジレンマ、理論と現実、狂気と理性、宗教と道徳、それらの題材すらもミックスさせ、戦場における倫理の問題などを逃げることなく扱い、全てを大戦にぶちこんでいる。これを狂気の沙汰と呼ばずになんと言おう。

読み進めている内に、体の内側から見えない何かに食い破られているというか、これまで知ってて、でも見向きもしなかったものに真正面から対峙してしまった時の戸惑いというか。サンデル教授の講義みたいに、いろいろ曖昧に濁して逃げていたものを改めて考えさせられるんですよ。それもこれも主人公の幼女が悪い!! つーかどういうことだよ、作者さん……。潤いで投入してるんだろ……戦時なんだろ……。普段気難しい軍人が魅せるちょっとした恥じらいとか、ぐへへな展開とかもちょっとくらい期待していいじゃないか……。(外道

まぁそれはさておき。

改めて戦時のどうしようもない空気というものを感じた気がします。
どうにもこういう破滅的な話とかはやや苦手なところがあるんですが、ついつい見てしまうんですよね。戦記もので連戦連勝してるやつも好きと言えば好きなんですけど、このSSみたいな硝煙と血が入り混じったリアルな匂いのするやつも定期的に見たくなるときがあるんです。別に破滅願望とかないはずなんですけどねぇ。なんかあれだ、恋すらしていないのに失恋の歌を聞いて心が苦しくなるようなあんな感覚ですよ。うん、ほぼそんな経験ないけどね(

2012年11月1日木曜日

SSメモ:死神を食べた少女

死神を食べた少女(七沢またり)

なんというか、本当に見当違いな感想なのは承知しているんですが、どうにもこの物語は童話みたいな印象を受けてしまう。物語を通して何かを語りかけられているような、一見単純な話の裏で、何かとても大切なものを教えられているような、そんな感覚です。ちょっと待てよ、こんな狂気じみた主人公が、さらに狂気じみた部下を引き連れて戦争するこの物語のどこが童話なんだ、と多方面の方からつっこみを受けてしまうかもしれませんが(笑)

さてさて、間違ってもこのお話は心温まるお話でも、ましてや何か教訓じみたものを語っている作品ではありません。むしろ平気で人が死に、洗脳じみた思想を淡々と描写しているという、ダークファンタジー真っ青な作品です。大好きですよ、こういう化けの皮をかぶったような作品(

少女シェラは空腹から死神を食べて、非常識な力を手に入れています。結果的にはこの力によって立身出世していったので、ちょっと形を変えたチートものと読めなくもない。転生トラックとかのパターンからはみ出したチートモノというか。あれですね、むしろ「ある日突然力に目覚めた俺は……」って導入の方が近いかもしれません。近年でこういう書き出しにチャレンジできるってとても大切な心意気だと思うんですよね。やれ魔法の設定がどうのこうの、主人公の過去はどうのこうのって考えるのもいいんですが、王道そのままで内容を面白くすればだいたい物語は面白くなるよって示してる作品な気もします。といっても、読んでる最中はまったくそんなことを意識しませんけどね。何度か読み直している内に、そういえばこれって敢えてジャンル分けとかしたらこれになるよね、と気づいただけです。

いやでもこれを主人公最強モノってジャンルで区切ると詐欺になる気しかしない。だからといって死神モノと言われるとまったくそうじゃないし、戦記というにしては、いまいち全体の動きが足りない。恋愛要素とか海に投げ捨ててるし、涙誘う展開とかカタルシスがマッハみたいでもない。なので結論としてはザ汎用性キング「ファンタジーモノ」となるわけですが、これのどこがファンタジーなのかイマイチこの表現も厳しい。というわけで結論として「ファンタジーな戦記っぽい死神モノの皮をかぶった何か」というのが正しいですね。うん、なんのこっちゃ(

それにしても注目すべきは少女シェラもそうですけど、その部下たちですよね。
よく小説や漫画にあるような死を恐れない人形兵士というのが描写されますが、まさしくそうした人物像にぴったり当てはまるんですよね、彼ら。といっても正直なところ、こうした人たちって取り立てて特殊な人たちってわけじゃないんですよ。60年前の日本だってこんな人達がたくさんいましたし、おそらく現代の人だって死を恐れないことはないにしても、誰かカリスマ性のある人を信奉してやまない人はたくさんいます。創業者万歳な企業の幹部とか、起業家に憧れる学生とか、もっと身近でいえば故マイケル・ジャクソン氏なんかたぶんファンに何かしてほしいといえば、かなりの確率でそれが実現したと思うんですよ。つまりはそういうことなんです。誰もがシェラの部下のように狂気に染まる可能性があるし、そこに特別な才能や努力って必要ないんです。このSS読んで自分はこうはならないと確信している人ほど、たぶんなる可能性高いですよ。だって何の根拠もない自分の感情で判断を確信できるわけなんですから。

それにしてもなんでこの物語が童話だと感じたんだろうか。こうした部下たちの一件や王国とかの隆盛をきちんと描いているところに、何かひっかかっているのかも? いずれにせよ何度か読みなおしても面白さは褪せない点においては童話と似てます。書籍化するのもなっとく。むしろ今後はこういう童話も読んでみたいな。大人向けの童話というか。

しかし一人の少女を通して描かれる世界が、こんなにも小さく、けれどとてつもなく思想にあふれているのを見ると、リアルな世界もいろいろ考えることに飽きない世界ですよね。

2012年9月17日月曜日

SSメモ:百万ゴールドの男

百万ゴールドの男(テパコ)

お、おう。SS……だよな、これ。
え、ちょっと待て、ドラゴンクエストⅢの縛りプレイをSSにするってどういうことだ!?(笑)

なんという奇作SS。
しかしこれがまた実に面白いのなんの。
ドラゴンクエストには様々な縛りプレイが存在しており、有名なもので一人旅、最短時間クリアなどがあります。このSSはその縛りプレイの内容を解釈して、そのままSSの設定に用いようというお話。なんという冒険。しかしこれを実際にプレイして、その内容をSSにしているのだから恐れ入る……。ちなみに縛りプレイの内容は「ゴールドとアイテムの使用禁止」と「一人旅」。両方共割りとオーソドックスな縛り内容なので、もしかしたら試しにやったことのある人もいるかもしれません。しかしこのプレイ内容をSSにしようと試みたことのある人がこの作者以外にいるのだろうかw

この縛りプレイに適切な解釈を施してSS世界における勇者の設定にしているわけですが、その解釈した内容が非常に上手い。ゴールドとアイテムの使用禁止という縛りは「勇者は父親の負債である借金100万ゴールドを返すために旅にでる。ただし旅の中で取得した換金可能なアイテムはすべて即道具屋で換金して借金返済に当てなければならない」という設定になり、なんというか主人公である勇者が見るのも不憫なくらい哀れです……。
だって宝箱開けてアイテムだ! と思ったら換金しないといけない現実が待ってるんですよ。つまりつまり、たとえそれば貴重なアイテムだとしても、換金しなければならない! わかる人ならわかるであろう超便利アイテム「やみのランプ(夜にするやつ)」すらも! なんという鬼畜プレイ。勇者涙目どころか、魔王どこいった状態ですよ。
ちなみに一人旅(一部物語に必須の場面では仲間を必要としますが)は「仲間の道具すらも無理やりぶんどって、1ゴールドすら掠めとる勇者に付き従う人なんていない」という設定になっています。鬼畜勇者っぷりが半端ないですが、まぁ莫大な借金している人の連帯責任になりかねない真似普通しませんよね……。

SS内での勇者の姿がこれまた涙さそうというか。
まずアイテム使えないのはもちろん宿屋にすら泊まれないのでルーラで毎晩家に帰らなければならない。その上死んだら復活するものの持ち金が半分になるという恐怖。アイテムなしなので保険をかけて冒険ができない上、協会で毒を治すこともできないので、毒=死亡のカウントダウン。普通にゲームで縛りプレイしている時は、うげー、としか思いませんが、SSにされるとここまで心を痛めるような行為になるとは思いませんでした……。うおおおい、勇者頑張れ(涙)

淡々と進む物語。
主人公の感情も非常に淡々としていて、モンスター倒した、アイテム手に入れた、借金を返済した、という単調なものが幾度も繰り返されるわけですが、ゲームを実際にプレイしているとそうなるのも当然という意識もあり、ほとんど飽きることはありません。それになんといってもストーリーが普通にしっかりと作られているのがいい! ゲームのストーリーなぞっているだけなんですが、そこにドラマ性を入れてSSっぽく仕上げているので、期待通りの予想斜め上というか、あぁ、なんだろうストーリー内には収まっているのに未知のワクワク感が通りすぎる感覚が、体中に駆け巡ります。

何よりもなぁ、世界の住人がNPCのように無機質なものかとおもいきや、それぞれ意志が存在するところが憎いところ。勇者の死を何度も目の当たりにする王様とか、都合上必要となる商人の存在とか、そしてなにより淡白で感情の起伏に乏しいプレイヤーの分身である主人公が、最後の最後で非常に人間らしい反応を見せるところとか。たしかにこいつらはこの世界で生きているんだと、そう思えます。おかげでもう縛りプレイが感情的にできなくなりそうなんですが、どうしてくれるんですか!

2012年9月12日水曜日

SSメモ:IF GOD

IF GOD(鈴木チェロ)

血で滲んだバットのグリップをぎゅっと握りしめ、額に流れる汗から意識をなくして頭の中で尊敬するバッターのフォームを何度も何度も再現し、徐々に自らの姿を選手に重ね合わせてイメージを強め、一寸の狂いもなく姿が合わさったその瞬間、肩・腕・腰・足の力を開放する。現実が想像に追いつくまで、ただひたむきに忠実にまっすぐにバットを振るう。いつしか想像は尊敬するバッターから将来の自分の姿に変わり、そのフォームもバッターの理想から自身に最適化された理想に変わり、現実が理想に変わる。

このSSを読み終えた時、ふとそんな情景が浮かんでいました。
と、ここでこのSSが野球モノと勘違いされても困るので、一応言っておきますがこのSSはヒカルの碁の二次創作で、ちゃんと碁をうってます(笑) 薬も白球もうってませんよー。ダメ、絶対。
おそらくこのSSはヒカルの碁のSSで最も有名なSSだとは思うんですが、なるほどその有名っぷりに違わぬ面白さと原作へのリスペクトです。佐為がネット碁を続けていたらというなんともそそられる設定、そしてその期待に十全に応え切ったストーリー。読んでてまさしく心の震える感覚がわかります。どれくらい心が震えたかというと、あれこのお話って新手のメディアミックスかと勘違いするほど。こういうメディアミックスってありだと思うんですが、集英社さん、どうですか(

何がすごいって、本当にこのSSの中では原作のキャラクターがいるんですよ。原作のキャラが、この時この場にいたら、まさにこう動くだろうと、そう確信させる何かがこのSSにはあります。緒方さんとかまさしくそのまんま。ヒカルへのsai疑惑を強める描写とか、それこそヒカルにあっかんべーとからかわれた時の反応なんて、おいおいコミック化してくれよと言いたいくらい緒方さんの憤怒の表情が思い浮かぶんですよね。もちろんあの瞬間、あのタイミングでヒカルがあっかんべーをするあたり、この作者わかってる。

しかしなんてことはない、このSSがここまで有名になったのも、おそらくこれが二次創作ifストーリーのお手本みたいな存在だからじゃないでしょうか。上達者の誰もが通る守破離という工程を経て、一人の野球少年がプロ野球選手になる道と同じように。この作者も原作を何度も読み返し、原作者と自分の姿を重ねあわせ理想を追求し、しまいには理想を現実に落とし込める。まさしくそうして生み出された作品だからこそ、このSSはこんなにもたくさんの人に愛されているんでしょう。疑いようのないほどに、名作です。

2012年9月11日火曜日

SSメモ:サーヴァントなわたしたち

サーヴァントなわたしたち(春日)

世界の抑止力にして清掃役。
霊長の守護者として拒絶不可能な虐殺に身を投じ続ける契約者たち。
神々の「座」では彼らのことをこう呼んだ。


ーー営業って大変ね。


こらぁっ、お前らーーーーー!!
営業ってなんだよ!? 過労消滅近いとかいってやんなよ!!
お昼のワイドショーできついノルマとか取り扱ってんじゃねーぞ!!!

はぁはぁ……これまたキワモノのSSというか、よくぞまぁ、聖杯戦争を座の視点から描くなんて発想がでたもんだ。。。世界と契約して、あるいは人々の信仰によって至る場所が、よりによってこんなところとは。茶の間でテレビ見て、下界(人々の住んでいる世界)からいろんなモノ持ち帰っては皆と共有してワイワイ騒いで、時に花見をしたり、時にほろ苦い青春を送ったり……。なんか聖杯戦争の舞台裏、のんびりしてるな。クーフーリンとか、もはやフーリンさんという呼び方で落ち着くあたり、なにか言い知れない平和さを感じる。

しかしこれ、一発ネタかとおもいきや、意外に世界観ちゃんと詰めているのはどうしたことだ。地に足のついた世界で、日々をおくる英霊たちが織りなす物語と書けば、まぁなんてことはないほのぼのストーリーになるわけだ。時に事件あり、時に仕事あり、時に上層の企みありと、なかなかまったりしつつ、良い感じにシリアス展開があるあたり、この作者は読者の読みたいものを正面から突いているなぁ、と惚れ惚れする。

ネタは確かに思いつきかもしれないが、それにしたってここまでそのネタに対して真摯に向き合い、誠実なまでに世界を捉えるのは難しいことですよ。いろいろ世界観を詰める上で苦悩する場面とか見えてくるわけですが、そうしたところもきっと作者が悩みに悩んで頭の中かっぽじった果てに、砂漠から一粒のダイヤを見つけ出すがごとくネタを探り当て、描写しているんだろうなあ。

アフターストーリーを描いた「続・サーヴァントなわたしたち」を見ると、いかにきっちりこの世界観がねられているかよくわかります。もちろんコメディなノリは残っているんですが、それでもどういう風に守護者が仕事を行なっているのかとか、正英霊と守護者の違いとかがよく描かれています。非常に上手いのは、これらを一つの事件と絡めて丁寧に描写し、それでいてどう解決していくかちょっとしたミステリチックに描いているところですね。おかげでのめり込むことこの上なし。

こうして見てもやっぱりFateという作品はエミヤシロウの物語なんだなぁ。これだけはちゃめちゃなFateの世界を描いても、やはりエミヤシロウだけはブレないでちゃんと主人公しているあたりに、いかにFateという作品の骨子が太いかを物語っています。もちろんこのSSの作者が意図的にそうしているという側面はあるんですが、でもたぶんこのお話がクーフーリンやメデューサに焦点を当てたとしても、結局エミヤの物語に帰結すると思うんですよね。

型月作品において、神々の座というものはあまりどういうものか具体的に説明されてはいませんでしたが、それを一風変わった視点で捉えようと試みたのがこのSSですね。単にコメディな英霊たちの日常を描くだけなら、こういう設定をつめないで書けばいいのに、それをしないところに律儀さが見て取れます。もう型月作品の設定は飽きたよ、という方も是非一読する価値はあると思います。

2012年9月10日月曜日

SSメモ:NARUTO ~うちはサスケと八百屋のヤオ子~

NARUTO ~うちはサスケと八百屋のヤオ子~(熊雑草)

変態だーーーっ!!

何この主人公のヤオ子、女なのに変態とドスケベ通り越して、もはや歩く猥褻物じゃねぇか! これみよがしにセクハラしてはお仕置きされ、銭湯入店禁止はもちろんのこと、ヤオ子の服装=変態注意の概念になるとかどうなのよ!? このエロに対するこだわりの深さと潔さ、そして何よりもその執着心!! こいつ、すっげぇ馬鹿だ。馬鹿な上に変態だ。そして変態で、なにより変態だ。極めつけに変態だ。この変態がっ!(褒め言葉

ただ、ヤオ子が単なる変態だったら物語もそこまで進まないんですよね。馬鹿で変態だけれども、優しくて献身的で努力家で、やっぱり普通の女の子の感情もあるわけですよ。そんな女の子だからこそ、サスケは見過ごせなくて自分と重ねてついついかまってしまうんです。かぁーっ、なんとも甘酸っぱい青春の匂いじゃないですか。

この作品、実は変態だけじゃなくて地味ーにいろんなテーマを内包しているんじゃないかと思う時があります。大人になることや受け継ぐことあたりが一番読み取りやすいものじゃないでしょうか。だいぶ露骨に描かれているので、結構わかりやすいはず。たぶん。もしかしたら勝手な思い込みかもしれませんが。……もう思い込みでもいいや。ともかく、いろいろ読者に伝えたいことがあると思っているんです。で、その中でも特に感じたのは変態についてです。もちろん単に「変態」を伝えたかった! という意味ではなくて、変態という「個性」(もはや死語か?)についてです。

変態はヤオ子のアイデンティティです。8割は変態と自負するくらいには、自分が変態だと認めています。つまりはそれがヤオ子の個性なわけです。自分なりの言葉で言い換えれば、この変態という個性こそがヤオ子の行動原則であり、その原則から外れる行動はしないわけです。だから周りはみんなヤオ子を変態だといい、ヤオ子自身も自分を変態と称するのです。ここに何かしら作者の言いたいことが見えませんか? すなわち、自らの行動原則を自ら律することで、他人からの評価を決定することができる、ということ。読み流しててふとこういうことが思いついたわけです。まぁ国語の成績が10段階評価で7という微妙な人の戯れ言だとでも思って流して下さい。

なぜか真面目な話題になってしまったので本題。
それにしても驚いた。いや、変態に驚いたわけじゃなくて、このSSの展開にです。
ぶっちゃけ文章力に関してはそこまでうまくないし、シナリオも打ち切り気味で(これはまぁNARUTOという作品を考えればそうせざるを得ないのですが)なんちゃって完結というどうにもしまりが悪い終わりなんですが、特筆すべきは物語の展開です。このSSの連載当時、たしか原作ではまだ穢土転生で各里の忍を復活させるところまで描かれてなかったはずなんですが、まさかの先にそれを描くという先取りっぷり。それを可能にしたのは、原作に対する鋭い考察なんですよね。

この作品、随所で原作の矛盾点やおかしな点を指摘しており、それらを単にアンチするわけではなく独自に考察を深めては、さもありなんという結論を出すんですよ。その入れ込み具合はラーメン一楽のスープの味についても言及する始末。いやはや、ここまで独自に考えられるのもすごいことです。それだけ原作を読みほどいており、なおかつリスペクトしているんだなぁ、と素直に感じさせられます。二次創作好きの一読者として、作者の作品への愛を讃えたい。

原作に沿ったストーリーで、サスケ救済に立ち向かう1人の女の子を描いた大作です。やっぱりこのSSを表す一番の表現はこれしかないでしょう。

『八百屋のヤオ子さんが、サスケさんを健気に待ち続るはずの物語』
(NARUTO ~うちはサスケと八百屋のヤオ子~ 第116話より)

2012年9月9日日曜日

SSメモ:未完成の城

未完成の城(Xeno)

KanonのSSってこの界隈では有名なほど魔改造されたものが多いわけですが、ぶっちゃけるとそうしたSSのほとんどが名前とちょっとしたセリフを変えるだけで普通のファンタジー小説に成り下がるんですよね。何が言いたいかというと、どんなにKanon魔改造SSで面白い!と言われようと、冷静に作品を見るとただの厨二病ファンタジーにしかならなくて、ちょっとゲンナリすることが多いわけです。で、本作「未完成の城」はそんな感じにスレているときにおすすめされて読んだわけですが。。。

これはまいった。

普通に面白い。普通を通り越して面白い。
他のKanonのSSと同様、相も変わらず原作「Kanon」の主人公祐一くんがU-1くんになっていますが、この戦記的な空気と独特な世界観がもうそんな些細なこと気にすんな!と言わんばかりに読ませてくれます。KanonのSSに共通する序盤の定番やりとりさえ乗り超えてしまえば、あとはもう原作はどこ吹く風、ひたすらファンタジーな世界にようこそですよ。

なによりこのSSの一風変わったところは、KanonのSSでU-1モノにも関わらず、その強大な力を単純そのままに振るわないところですよ。単身で一都市を滅ぼせる力がありながら、平和を導くためにのみ使うその生き方に、言い知れない儚さを感じます。なんというか、この妙な空気感は祐一くんにだけあるものじゃないんですよね。この作品自体に、そうしたメッセージがあるというか、きっと作者の伝えたいことは、そういうことなんだろうと変な納得があります。もうなんか祐一くんが覚悟を決めるシーンとか、そうじゃない、そうじゃないだろ、と内心縋りつくように祈るように読み進めるわけですが、結局最初からこいつは変に優秀で自分の力を疑っていなくて、それでいて他人の力も疑ってないわけなんですよね。作中で祐一に対して「お前が10の力をもってるとして、おまえは他の人の力を3だと思っているだろうが、実際は1かそれ以下なんだ」とちょっとだけ諭すシーンがあるんですが、まさにそんな感じなんです。なまじ優秀な分、他人の上限までも引き上げちゃって、自分がいなくても大丈夫だという妙な断定を作っちゃうんです。こういう子だもんなぁ、この祐一くん。変にねじ曲がっているよりよっぽどいいけど、これはこれでたちの悪い素直さです。

さてさて、間違いなく主人公が中心となって物語が進んでいるわけですが、祐一くんもさることながら祐一くんを支える周囲のキャラクターが素晴らしい。この祐一くんに対する絶対なる信頼感と、その信頼の裏にある致命的な過信と、そして何が何でもこいつだけはという執念にも似た意地が、胸の奥底で眠っている何か巨大な感情を沸き起こしてきます。ある意味でそれは激情にも似た何かであり、愛と同じ存在であり、感銘に打たれる場所そのものなんでしょう。感情は留まらず引き伸ばされ、やげて希釈されてまた心の奥に眠ってしまうんでしょうが、過去に発見され、現在自覚し、そして未来に忘れ去られるまで、生きていく原動力として自分の中でアクセルを鳴らし続けるものになると思います。

それにしてもこの作者、キャラの散り際を描くのが非常にうまい。
語弊を恐れずに言えば、どんな風にキャラクターを殺せば、そしてどんな風にそれを描写すれば、その死というものを単なる死ではなく意味のある死にできるかということを非常にうまく捉えている。戦記モノなので人の生死は隣り合わせにあるわけですが、それにしたってあんな散り際見せられて、あんな描写の仕方をされると、そりゃあ心が揺さぶられるやい。あぁ、ちくしょう、作者の思う壺とわかりつつも、反応せざるを得ない。悔しい、でも感じちゃ(ry

とりあえず現状で第一部は終了しているので、ある程度後ぐされなく物語を楽しめるとは思います。2部やら外伝やらを読んでしまうと、間違いなく中毒者になってしまうので用法用量にはご注意ください。

2012年9月8日土曜日

SSメモ:正義の烙印

正義の烙印(朔夜)

二次創作というのにこの救いようの無さだよ。
ある意味で原作Fate/Zeroの暗い空気をよくぞまぁこんなにも丁寧に再現したものだ。これ書いてる当時、Zeroという作品は話の筋しか情報なかったはず(多分)なのに、ここまでダークな雰囲気を表現できているのは脱帽モノです。

SSのコンセプト的には第4次聖杯戦争にエミヤシロウを混ぜてみた、というありふれたものですが、異様にこの切嗣とエミヤのコンビがマッチしている。こいつらに奇襲させたら厄介にもほどがあるぜぇい……。どこかの作品の考察で切嗣は真っ向から戦車で突入するセイバーを召喚してしまったがゆえに戦争に負けたと考察しているサイトがあったが、このSS読んでるとあながちその考察も間違っていないように思えてくる。改めてこいつほど正攻法が似合わない男もいないと実感。

実際のところ物語終盤にかかると、FateのSSを読み慣れているせいか、おおよそこの話の終わらせかたが見えてくるんですよね。結局のところエミヤは皮肉屋で冷酷で捻くれていて、それでいて優しくて不器用でひたむきに頑固で……そんなエミヤが切嗣のことを恨んでいるとはいえ救おうとしないわけないんですよ。
本筋では結局直接的にそうした描写をしませんでしたが、もうさりげなく……そっと背を押すくらいさり気なくアイリスフィールとの過去回想を入れることで、エミヤの内心を表現するこのギミック。もうこんなの反則ですよ。あぁ、その場面がまじまじと想像できてしまう。アイリスフィールの冷たくなった手が、硝煙に焼けたエミヤの頬が、有り得るはずのない母と子の邂逅が。


「もっと良く顔を見せて。私は貴方を知らないけれど、あの人の子であるのなら。私にとっても、大事な息子よ」(正義の烙印 act.11 より)


雪解け水も流れだすような暖かさと言い知れない寂寥感の混ざったこの感覚を、なんと呼べばいいんでしょうね。冒頭で救いがないと言いましたが、ある意味ではこういうところに作者の思い描く救いがあるのかもしれません。犠牲という烙印を押すことでしか正義を示せない不器用な二人。一方はこのSS内で息子に理想を奪うことで、一方はこのSSではない遠い並行世界で理想を叶える過程を無駄なんかじゃないと己に諭されることで、それぞれ答えを得るわけです。
あー、そういう意味では救いようのない物語でもないのか……? どうなんでしょうね、ぶっちゃけ生存者数変わんないけど、生存者の状況が原作よりほんの少し救いようがあるわけですから、原作ほど救いようがないわけじゃあないですけど、それでも生存者数変わんないあたりやっぱりこれ救いよう無い物語だよなぁ。

しかし、昨今Fate/Zeroの文庫化&アニメ化で人気があがり、多くの二次創作が出た中でこのSSを見返すといろいろと感慨深いものがある。実は一部の原作キャラクター削ってオリジナルキャラクターを大量に投入しているわけですが、まぁ作品の生い立ちと時代を考えればそれも仕方のないことですよね。ただしライダーやらウェイバーといった主要人気キャラは変わっていないのでご安心を。あ、でもCOOOOOOOLな旦那とかいないな。まぁ、あいつらはいいか(

しかしそのために所謂第4次の最大の見所であるイスカンダルVSギルガメッシュがないとか(ただし代わりとなるウェイバー成長要素はある)、アルトリアとランスロットのやりとりがないとか、結構重要な要素が抜けているんですが、おそらくそうしたものは続編の「烙印を継ぐ者たち」で補完するんでしょうね。うばぁ、早く続編が読みたい。なにせこの続編、期待いっぱいな出だしと上記の要素を予期させるサーヴァントの面々が登場しており、さっそう期待するなと言う方が無理なほど。うがー、続編はまだかーーー!!!

2012年9月6日木曜日

SSメモ:じゃぷにか闇の日記帳


じゃぷにか闇の日記帳(男爵イモ)

まずは落ち着こう。。
大丈夫、素数を数えるまでもなく頭は冷えてるし、目薬を差すほど目は疲れていない。
よし、このSSのタイトルをもう一度見てみよう。


じゃぷにかやみのにっきちょう。


ち ょ っ と 待 て 。


おいおい、冗談でなくなんだこのタイトルは。
ふらふらとSSサイトを周り、面白いSSないかなーと彷徨っているときにこんなタイトルみてしまったら、迷わずクリックしてしまうではないか!!

なんという作者の罠。
仕方ない、つられてサイトを開いてしまったのは自分だ。ここはこの作者のタイトルセンスに敬意を払って、読んでやろうじゃないか。たとえこのSSが普段は読まない一発ネタの短編SSだろうがリリカルなのはのSSだろうが、どんとこい!!


……どんと涙腺に来過ぎだ馬鹿野郎(泣)


うわぁ、これまたなんというか、リリカルなのはのSSで類を見ない話の構成です。
なのはSSって個人的なイメージなんですが、どうしても戦闘に偏ったSSかほのぼの日常のSSになる傾向が高いんですよね。あまり泣きの要素が入らないというか、楽しいことだけを描くというか……ぶっちゃけると別離を描くSSがなかなか存在しないわけです。その逆の別離しないようにするために奮闘するSSは大量にあるんですけどね。

ところがどっこいこのSS、トコトンそういったことに焦点を当てている気がします。
こういう作品には弱いんですよねぇ。悲劇が好きなわけじゃないんですけど、耐え難い理不尽に抗い、自分のやりたいことを成し遂げる人たちの人生を垣間見ることで、何かしら自分に勇気とか元気とか、そういったポジティブな感情を分けてもらってる気がするんですよ。このSSでも自ら率先して犠牲になり、主を守ろうとする闇の書の守護騎士達の生き様に、感嘆の息を吐き出すくらいにはその在り方に憧れる時があります。こうした思いを仮想体験できるSSは、やはり自分にとって時間を割いてでも読んだ価値があると思えるし、何度も読みなおして改めて自分の中の糧にしたいと思ってしまいます。

タイトルからも想像できますが、割りと作者のセンスがはちきれてます。
いや、むしろタイトルはほんの序の口で、セリフからキャラクターの造士に至るまで、SSの中で随所に作者の不可思議ワールドが展開されています。そしてそれがまた面白いの何の。読んでて全く秋がきません。だからこそ、このストーリー展開の切なさが増幅して読者の心に這いよってくるんですよね……。

2012年9月3日月曜日

SSメモ:クロスマテリア

クロスマテリア(キサ)

じれってぇーーーー!!!
なんだこの甘酸っぱい青春モノは。この世界ふぁんたじぃなのに、どうしてこう恋愛がこんなにも現代みたく苦しんで傷ついてそれでも一途に想ってそれでいて誰も彼もが良い人なんだ! いやちょっと待とう、このSSは恋愛モノではない。愛というものをテーマの一つにはしているのだろうけど、端的にいえばとある少女の冒険譚であり、成長モノであり、1人の男の救済物語である。それがこうまでじれったいとおいおい、高校時代の有りもしない青春を思い返してしまうではないか。くあー、お前らの愛で世界が爆発だよ!!

主人公のミリアは天才で馬鹿で天然で、でも優しくて思いやりがあって、それでいていろんな意味で残念な女の子なわけですが、だからこそ目が離せないくらい見守ってあげたくなる魅力があるんですよ。温泉にミルクぶち込むとか、蜂の巣退治で家崩壊させるとか、危なっかしくて目が離せませんが、そうやってすべてを終えた後でえへへと笑い過ごすことのなんと無邪気なことか。偏屈な馴染みも不幸な魔神もおせっかいな妖精も、そしてとびっきりの傲慢で自己中な神父も、そんなミリアの毒手にかかった連中なわけです。結局のところ揃いも揃ってこいつらみんな良い人なんですよね。やれやれとか言いつつ、実に内心心配してるのが読み手にはバレバレで、余計にこいつら~~!!ってなります。

しかしこのSSはただただ甘いだけではない。最初からフルスロットルにこれでもかとファンタジーを全面に押し出し、この世界が甘いだけではないことを知らされます。何もいきなりこんなにもドロドロしなくてもと思うんですが、舞台説明とかミリアの強さとか、あとは周辺登場人物の紹介とかも違和感なくさらっと物語に組み込んでいるのはすごいところ。序章でこれだけ魅せるSSもなかなか見ないのではないだろうか。

舞台となる世界は法が支配する世界なわけですが、これだけ聞くとやたら厳格で神聖なもののように思えますが、実態はもうちょいファンタジーで、法を司る組織の長たちもちょっと抜けてて、でもやる時はまじめで、弊害も怨念も悲劇もたくさんありつつ平和に回る世界なわけですよ。コメディチックなところからドシリアスに至るまで、とても同じ世界とは思えないほど破天荒な明るさと暗さに満ちています。女性主人公でここまでコメディを交えたシリアスな冒険ファンタジーは、ちょっと他に思いつかないなぁ。

後半からの物語の加速具合は非常に絶妙で、過去から続く因縁や伏線、親世代の話と現世代が繋がり始め、そしてそれらを一気に引き上げてくる展開は徹夜モノ。まだかまだかと期待が溜まっていた中で怒涛の回収劇は、ああこれぞSSの醍醐味と至高の幸福を覚えます。しかもこの物語、長編ファンタジーSSとしては見事に風呂敷を畳み完結に至っているので、後ぐされなくすっきりと読み切ることができます。むしろ後日談をもっと読みたいほどにはキャラに愛着を覚えています。

ただでも、個人的に一番好きなのは番外編なんですよねぇ。
それもボーイミーツガールのやつ。
主人公と馴染みの出会いを描いたこの短編、なんとなく望郷の念というか郷愁を匂わせる少年時代を思い起こさせるんですよ。本編もいいんですが、さりげない些細な日常とその変化を描いた番外編に、自分としては非常に心を打たれました。

ファンタジーな世界で冒険と恋愛と甘酸っぱさとほろ苦さを手にしたいならぜひ。

2012年8月31日金曜日

SSメモ:キミといた夏

キミといた夏(DAN)

病気を扱った小説ってのは基本的に物語の流れが似通ってしまいます。
それはだいたいの作品が山場も谷も同じような展開になってしまうからで、それはまぁ仕方のないことですよ。勇者と魔王モノのように、勇者という存在が当たり前に存在して、魔王という存在が当たり前のように存在する、そんな物語の前提と同じであり、病気があれば人の生き死にに関係してくるだけなのですから。
だからこそ作者の特徴が現れやすい作品でもあるんですよね。

本作「キミといた夏」は多分に漏れず、病気をテーマに扱ったものです。しかもその病気が心臓病ときたら、もうこれまで数多もの作品が世に出ており、SSはもちろんのこと、一般小説、映画、ラノベなど、どこにだってありふれているんですよ。そうした中で敢えてこのSSをメモするのは、物語の作りがよかったとか、一風変わった文体だとか、雰囲気がよかったなどの文章に関連するものではなく、単純に作者の顔が一番見えるからなんですよね。

とある心臓病にかかった少女と、少女を取り巻く人達の物語。
言ってしまえばそれだけのことなんです、このSSは。空気としてはライトノベルの「半分の月がのぼる空」に似ているかもしれません。まぁ、あっちとはヒロインの性質がだいぶ違いますが(笑)
もちろん冒頭で述べた通り展開も似ていて、ボーイミーツガールから始まり、恋愛要素やら医者との関係やら、親のことやら、よくも悪くも病気モノとして王道を走っています。ただ違いは、やはり作者なんですよね。

Webという媒体は本に比べて圧倒的に表現が自由です。そして編集の意図や商業的な意図も必要なく、ただただ思いを綴るだけでそれが力になります。もちろんその代わり技巧は稚拙で、文体はぐだぐだで、独り善がりに歩きまわる作品になるかもしれません。ただそれゆえに、作者がどの部分に力を入れているのか、おもいを込めているのか、といったことが本に比べて遥かにわかりやすく出てき、それでいて作者がどういう思いで文章を書いているのか見えるわけです。

この作品でいえば展開が移り変わる際にところどころ挿入される少女のモノローグがそれです。プロローグとエピローグに必ず挿入されるこのモノローグ、物語の展開を盛り上げることはもちろんのこと、痛いほどに作者がこの作品で何を描きたいか伝わってきます。それはとても素直な表現方法なんですよね。高度な文章力とか、比喩表現とか、はたまた文章構成だとか小説のギミックだとか、そういうものに一切頼らない、愚直なまでの心情の吐露。それがこの作者の顔であり、このSSの優しさであり、この作品に込められた想いなんです。

『世界はすごく綺麗だったよ、素敵だったよ
辛いことも、悲しいことも、嫌なこともあったけど
それ以上に、楽しいこと、うれしいこと、しあわせなことで満ち溢れていたよ』
(「キミといた夏」 第63話より)

もうこれだけで十分なんです。
すべての物語の展開は、こういった言葉を紡ぐそのためにあったんです。
キャラクターが生きている作品もたくさんありますが、これはきっと作者の想いが生きている作品なんです。登場人物たちが紡ぐ、作者の想いの物語。