天葬の聖痕(志賀あきと)
最近の厨二SSと昔の厨二SSを比較して特に面白いと思うのは、主人公が力を持つようになった経緯の描写方法の違いですね。最近のSSは「なぜ主人公が強くなったのか」を説明していることが多いと思っています。それが神様チートであり、転生した主人公の幼児時における修行シーンであれ。最近はそこに経験値概念とか自分だけが知っている抜け道、とかも含まれるかな? で、それに対して昔のSS(といっても数年前のレベル)って案外そうした描写ってないんですよね。そもそもが強いところから物語が始まっているか、或いは過去回想として描写するかされてたわけです。少なくともいきなり師匠との修行シーンとか主人公が他人と違う方法で成長しているシーンとかから始まるSSはなかった気がするんですよ。一概にどちらがいいとは言いませんが、ただ個人的に厨二感情を満たしたい時に読み返す作品って大抵が後者……つまり昔のSSチックに主人公が最初から強いパターンなわけです。たぶんそれって単純に敵をちまちま倒している描写がまどろっこしいからなんですよね。厨二要素を読むまでに厨二以外のものを読まないといけないというのは案外面倒くさいものです。
その点でいえば、この「天葬の聖痕」という作品は突発的に厨二要素を摂取したくなった時に読み返すSSとしてパーフェクトなわけです。現代の厨二テンプレの元となった要素がふんだんに取り入れられているのだから、ある意味では当時としては先駆的テンプレ(?)なのかもしれません。なんといっても最近ではあまり見られない奈須きのこや西尾維新あたりをリスペクトしたこの独特の文体。いわゆるご両名のような新伝奇的な書き方って、素人が真似してもただ回りくどい文になるだけになんですが、このSSに関してはその心配がないほどにリスペクト具合が逸脱しています。本当見事としか言い用がありません。もちろん伝奇活劇小説と銘打つだけのことはあり、シナリオの雰囲気もとても魅力的なものに仕上がっています。
話の筋としては、最強主人公の芙蓉水薙がヒロインの当夜霧を敵対魔術組織から守る感じのものです。いかにもな設定の割に、これが深いところまで過去を練り込んでSSを書いているおかげか、普通の作品なら定番な展開もこの作品ではかなり緊張感があります。主人公が最強なわけですが、それでもできないことはあって、本編中にさりげなく散りばめられた過去話では敵対組織との戦いで仲間が死んだり犯されたりと悲惨な話も垣間見れて、決してご都合主義なだけでは生きていられない世界観が浮き彫りになっています。なので、本当油断ならないお話です。そこがたまらなく読者を惹きつける材料となっている感は否めませんが。不条理な世界で精一杯生きていくキャラクター達が活躍しているからこそ、どうにもストーリーから目が離せないんですよね。
文体やストーリー、そしてその世界観もさることながら、個人的に一番このSSの肝となっているのは筆者の卓越した格闘に対する知識とそれらを十全に表現しきっている描写力ですね。このSSの世界は普通に魔術とかそういうのがあるわけなんですが、困ったことに魔術よりも肉弾戦に目が言ってしまうというある意味ではファンタジーや伝奇として致命的な欠陥があるという謎具合です。もちろんだからといって魔術の描写が悪いとかではなく、むしろ出てくる魔術師の千差万別の能力は非常に魅力的にうつるわけですが、いかんせん刀を用いた戦闘だとか、細かい体の一挙一動の方が手汗握るくらい夢中になって見てしまうわけです。この点においては個人的に文体の元となった作者のレベルを超えていると感じています。といってもそれと同じくらいコメディパートが笑えるので、真剣に見てたと思ったら思わぬギャグの存在に笑ってしまうというか(笑)
ちょっと昔の作品なので、もはや更新は絶望的……だったのですが、最近また少しだけ更新しているようなので、1年1話あたりを目安にのんびり読んでいけたらなと思います。まぁ、とはいってもちょっと連載中と表記するには勇気がいるので、とりあえずラベルは連載:停止中にしておきますが、そのうちまた月1とかでもいいので更新してくれると嬉しいですね。
2013年1月25日金曜日
2013年1月9日水曜日
SSメモ:魔王はハンバーガーがお好き
魔王はハンバーガーがお好き(28号)
気づいたら書籍化してたSS。
あまりの衝撃に思わずSSメモに殴り書いてしまうという。
いや、うん。意外というかなんというか。
何度か読み直しているので「おー……」という納得が半分、「おー……?」という疑問が半分という気持ちです。もちろんそれは決してこのSSが面白くないとかそういうのではなくて、このさっぱりしたSSを気に入っている人が意外にいるもんなんだと戸惑っているというか。作品の悪口ではなくて、単純に近年のSSの人気傾向からして、あんまりこうもあっさりとした文体が受けるとは思ってなかったわけです。それがこうして書籍化までしているのを見ると、戸惑いの一つや二つ生まれるものですよ。
話の内容としては異世界で勇者に敗れた魔王が現代のアメリカの片田舎でラブコメするだけなんですよね。おそらくこんな辺境にあるブログに来るような人なら一度くらいは似たような設定を目にしたことがあるのではないでしょうか。しかも連載時はちょうど橙乃ままれ氏の「まおゆう」によって魔王と勇者モノのブームが巻き起こっていた真っ最中で、似たような作品が至る所にごろごろと蔓延していたという凄まじい状況。(しかもネットに限らずライトノベルでも。電撃文庫さんの「はたらく魔王さま!」とか)
つまるところ、とりわけ珍しい作品でもないんですよね、これが。
にも関わらず私が繰り返しこのSSを読んだのは、ひとえにそのあっさり風味の文章と、時々現れる濃厚なシーンに魅了されたからです。なんとなく想像される楽しい日常のセンテンスをふんだんに用いる一方で、その他の部分はそぎ落としているような文章なので、一話一話が軽く読めるんですよ。かといってそれぞれの話が独立しているわけではないので、前の話でまいた伏線を回収したり、徐々にヒロインが主人公の魔王に惹かれていく様子がゆっくり丁寧に描かれています。お題にそって書かれているので、敢えてこういう形でSSを書いていこうと意識したわけではないというはわかっているのですが、それにしたってこんなにも綺麗に話ができるのは作者の力量によるものが大きいんじゃないでしょうか。
現実的な非日常を描くのが非常にうまいんですね、このSS。
ありきたりな空気感を見事にコントロールしている筆力は本当魅せられましたね。ただこれが一般受けするかと言われるとちょっと悩みどころ。個人的にはこのSSって少女漫画のタッチそのままなんですよね。ふわふわしてて、理想的で、でも現実にはないってわかってる儚さが詰まってて、だからこそいろいろな思いを喚起させる作りになっている感じ? ありもしない田舎の河で遊んだ経験を思い出す感覚? いや、この表現じゃわからないですよねー(笑) まぁ、ようするに文章が軽くて味気なく感じる人もいるんじゃないかということです。いや、むしろそっちの方が多数派な気がするんですが、気のせいなんですかね……。
ともあれ、さっぱりしたSSが読みたい時はこういうお話とかみるとすごく幸せな気持ちになれます。小さなお店を経営するお話では、一番こういう空気感が好きですね。古き良きイベントとリアルではなかなか味わえない空気が交わって、物語が少しずつ少しずつ紡がれていくこのネット小説の醍醐味。書籍版でこれをどう再現しているのかぜひ読んでみたいですね。
あまりの衝撃に思わずSSメモに殴り書いてしまうという。
いや、うん。意外というかなんというか。
何度か読み直しているので「おー……」という納得が半分、「おー……?」という疑問が半分という気持ちです。もちろんそれは決してこのSSが面白くないとかそういうのではなくて、このさっぱりしたSSを気に入っている人が意外にいるもんなんだと戸惑っているというか。作品の悪口ではなくて、単純に近年のSSの人気傾向からして、あんまりこうもあっさりとした文体が受けるとは思ってなかったわけです。それがこうして書籍化までしているのを見ると、戸惑いの一つや二つ生まれるものですよ。
話の内容としては異世界で勇者に敗れた魔王が現代のアメリカの片田舎でラブコメするだけなんですよね。おそらくこんな辺境にあるブログに来るような人なら一度くらいは似たような設定を目にしたことがあるのではないでしょうか。しかも連載時はちょうど橙乃ままれ氏の「まおゆう」によって魔王と勇者モノのブームが巻き起こっていた真っ最中で、似たような作品が至る所にごろごろと蔓延していたという凄まじい状況。(しかもネットに限らずライトノベルでも。電撃文庫さんの「はたらく魔王さま!」とか)
つまるところ、とりわけ珍しい作品でもないんですよね、これが。
にも関わらず私が繰り返しこのSSを読んだのは、ひとえにそのあっさり風味の文章と、時々現れる濃厚なシーンに魅了されたからです。なんとなく想像される楽しい日常のセンテンスをふんだんに用いる一方で、その他の部分はそぎ落としているような文章なので、一話一話が軽く読めるんですよ。かといってそれぞれの話が独立しているわけではないので、前の話でまいた伏線を回収したり、徐々にヒロインが主人公の魔王に惹かれていく様子がゆっくり丁寧に描かれています。お題にそって書かれているので、敢えてこういう形でSSを書いていこうと意識したわけではないというはわかっているのですが、それにしたってこんなにも綺麗に話ができるのは作者の力量によるものが大きいんじゃないでしょうか。
現実的な非日常を描くのが非常にうまいんですね、このSS。
ありきたりな空気感を見事にコントロールしている筆力は本当魅せられましたね。ただこれが一般受けするかと言われるとちょっと悩みどころ。個人的にはこのSSって少女漫画のタッチそのままなんですよね。ふわふわしてて、理想的で、でも現実にはないってわかってる儚さが詰まってて、だからこそいろいろな思いを喚起させる作りになっている感じ? ありもしない田舎の河で遊んだ経験を思い出す感覚? いや、この表現じゃわからないですよねー(笑) まぁ、ようするに文章が軽くて味気なく感じる人もいるんじゃないかということです。いや、むしろそっちの方が多数派な気がするんですが、気のせいなんですかね……。
ともあれ、さっぱりしたSSが読みたい時はこういうお話とかみるとすごく幸せな気持ちになれます。小さなお店を経営するお話では、一番こういう空気感が好きですね。古き良きイベントとリアルではなかなか味わえない空気が交わって、物語が少しずつ少しずつ紡がれていくこのネット小説の醍醐味。書籍版でこれをどう再現しているのかぜひ読んでみたいですね。
2012年12月15日土曜日
SSメモ:涼宮ハルヒの微笑
涼宮ハルヒの微笑
古くから二次創作SSを読んでいる人はなんとなく感じていると思うんですが、原作の穴や矛盾をついたSSって数多く存在するんですよね。もっと具体的に、原作キャラクターの行動信念や発言などでストーリーや現実と矛盾している箇所に対し、独自の見解を加えるSS、と言ったほうがいいかもしれません。FateとかヱヴァなんかのSSってこういうの多いですし。近年になってからは原作のこうした点に対して、いわゆるSEKKYOやアンチ・ヘイトというスタイルで指摘をするジャンルが増えていますが、これって「この物語を作者はこう解釈した!」っていうだけであって、別に新しくも何ともないわけです。作者や読者がどう思っているのかは知りませんが(安易にアンチ・ヘイトは嫌だ! というのは作品ジャンルに対する侮辱でもあります。安易にアンチ・ヘイトを描くのも原作に対する侮辱ですが)。
でもこういう解釈系(SEKKYO含む)の作品ってほとんどが、本当のところ原作に踊らされているのだと思うんですよ。敢えて物語に穴を用意して解釈の余地を残しておいたり、反発する意見がでるようなことをキャラクターに言わせたりしている原作って多いと思うんですよね。いや、正確にいえば原作者の頭の中にある物語が作品として描写される過程において、取りこぼされてしまった箇所が穴になった結果として解釈の余地を残したり、キャラクターを印象づけるために極端に思想を偏らせた結果、他の多様な思考を想起させるようになったりしている、とした方がいいかもしれませんね。意図的かそうでないかはともかく。
で、結局のところこうして作られた原作の穴にのっかって、二次SS作者は自分の考えた合理的な解釈をSSにしているわけです。なので大抵の作品は原作に躍らされることを強いられている(いや、別にこれが言いたかったわけではありませんよ? 本当デスヨ?)わけです。ところが一部のSSはそうやって踊らされずに、なぜこの物語の穴や矛盾が発生したのかを考えているわけで。もちろん答えなんてないわけですが、なぜを追求した結果出た結論に整合性があればあるほど、SSの説得力がまして物語の深みがでるわけです。つまるところ用意された舞台で踊るのではなく、舞台の生い立ちを考えることがいいSSにつながる秘訣だと思うんですよね。(当然例外もあるので個人的な体感でこういうSSは面白いことが多いというだけです)
さて、なぜこんなことを初っ端から長々つらつら書いているのかというと、この「涼宮ハルヒの微笑」という作品はまさしく原作の穴に真っ向から挑戦しているSSだからです。キョンの一人称一人語り視点を再現しているのはもちろん、原作の矛盾や謎だった組織のことなどを鮮やかに合理的に「なぜ原作でこうなっていたのか」を突き詰めて解釈していく様は、まさしく解釈系SSの鏡ともいえるでしょう。もちろんストーリー進行のほうも実に構成がしっかりしており、泥臭い行動や伏線回収の手法、セリフに対する感情の込め方など、もはや芸術の域といってもいいくらい。特に物語終盤の長門とキョンのやりとりなんかは鳥肌が立つほど素晴らしいと感じましたね。何度も何度も原作を読み返し、明らかにされていない箇所には独自の切り口から分析を加え、どのようにすれば原作に支障を来さずSSを作れるかを黙々と考える作者の姿が目に浮かぶようです。これには本当まいった。原作以上に原作らしいという二次創作SSにとって最上級の褒め言葉すら霞んでしまうほどの出来です。
このSSの恐ろしいところは原作が未完であり、かつSFの舞台装置をラノベにもってきたとも言われる涼宮ハルヒの憂鬱という作品に対して、独自の解釈をしていったことでしょう。なにせ矛盾しかないジャンルNo.1といっても過言でもないSFというジャンルに対して、ラノベ風にテイストされているとはいうものの合理的に解釈しようというなんて正気を疑います。というか普通は途中で破綻してしまうものだと思うんですが、よりによってそれをこのレベルの作品に仕上げるのは常識はずれもいいところ。作者不詳がもったいないほどです。このSSを書いた人にはもっといろんな場所で活躍してほしいですね。
追記(2013年4月20日)
作者様が判明しました。名乗り出ていただいて、ありがとうございます。
……うん。私の調べが至らなかったというだけで、普通に作者は判明していたというね!
というわけで反省も込めて記事本文の内容はそのままにしておきます。。。
さらに追記(2013年5月8日)
誰が作者か論争が起こっているそうなので、ひとまず作者の名前を消しておきます。正直議論が水掛け論になっていて、いきなり「どうも作者です」と言われてもそれこそ単なる荒らしにしか見えないので、あまりこういう措置は採りたくなかったのですが、ちょっとコメント欄が炎上気味だったので仕方なしにこの形になりました。ご了承下さい。
古くから二次創作SSを読んでいる人はなんとなく感じていると思うんですが、原作の穴や矛盾をついたSSって数多く存在するんですよね。もっと具体的に、原作キャラクターの行動信念や発言などでストーリーや現実と矛盾している箇所に対し、独自の見解を加えるSS、と言ったほうがいいかもしれません。FateとかヱヴァなんかのSSってこういうの多いですし。近年になってからは原作のこうした点に対して、いわゆるSEKKYOやアンチ・ヘイトというスタイルで指摘をするジャンルが増えていますが、これって「この物語を作者はこう解釈した!」っていうだけであって、別に新しくも何ともないわけです。作者や読者がどう思っているのかは知りませんが(安易にアンチ・ヘイトは嫌だ! というのは作品ジャンルに対する侮辱でもあります。安易にアンチ・ヘイトを描くのも原作に対する侮辱ですが)。
でもこういう解釈系(SEKKYO含む)の作品ってほとんどが、本当のところ原作に踊らされているのだと思うんですよ。敢えて物語に穴を用意して解釈の余地を残しておいたり、反発する意見がでるようなことをキャラクターに言わせたりしている原作って多いと思うんですよね。いや、正確にいえば原作者の頭の中にある物語が作品として描写される過程において、取りこぼされてしまった箇所が穴になった結果として解釈の余地を残したり、キャラクターを印象づけるために極端に思想を偏らせた結果、他の多様な思考を想起させるようになったりしている、とした方がいいかもしれませんね。意図的かそうでないかはともかく。
で、結局のところこうして作られた原作の穴にのっかって、二次SS作者は自分の考えた合理的な解釈をSSにしているわけです。なので大抵の作品は原作に躍らされることを強いられている(いや、別にこれが言いたかったわけではありませんよ? 本当デスヨ?)わけです。ところが一部のSSはそうやって踊らされずに、なぜこの物語の穴や矛盾が発生したのかを考えているわけで。もちろん答えなんてないわけですが、なぜを追求した結果出た結論に整合性があればあるほど、SSの説得力がまして物語の深みがでるわけです。つまるところ用意された舞台で踊るのではなく、舞台の生い立ちを考えることがいいSSにつながる秘訣だと思うんですよね。(当然例外もあるので個人的な体感でこういうSSは面白いことが多いというだけです)
さて、なぜこんなことを初っ端から長々つらつら書いているのかというと、この「涼宮ハルヒの微笑」という作品はまさしく原作の穴に真っ向から挑戦しているSSだからです。キョンの一人称一人語り視点を再現しているのはもちろん、原作の矛盾や謎だった組織のことなどを鮮やかに合理的に「なぜ原作でこうなっていたのか」を突き詰めて解釈していく様は、まさしく解釈系SSの鏡ともいえるでしょう。もちろんストーリー進行のほうも実に構成がしっかりしており、泥臭い行動や伏線回収の手法、セリフに対する感情の込め方など、もはや芸術の域といってもいいくらい。特に物語終盤の長門とキョンのやりとりなんかは鳥肌が立つほど素晴らしいと感じましたね。何度も何度も原作を読み返し、明らかにされていない箇所には独自の切り口から分析を加え、どのようにすれば原作に支障を来さずSSを作れるかを黙々と考える作者の姿が目に浮かぶようです。これには本当まいった。原作以上に原作らしいという二次創作SSにとって最上級の褒め言葉すら霞んでしまうほどの出来です。
このSSの恐ろしいところは原作が未完であり、かつSFの舞台装置をラノベにもってきたとも言われる涼宮ハルヒの憂鬱という作品に対して、独自の解釈をしていったことでしょう。なにせ矛盾しかないジャンルNo.1といっても過言でもないSFというジャンルに対して、ラノベ風にテイストされているとはいうものの合理的に解釈しようというなんて正気を疑います。というか普通は途中で破綻してしまうものだと思うんですが、よりによってそれをこのレベルの作品に仕上げるのは常識はずれもいいところ。作者不詳がもったいないほどです。このSSを書いた人にはもっといろんな場所で活躍してほしいですね。
追記(2013年4月20日)
作者様が判明しました。名乗り出ていただいて、ありがとうございます。
……うん。私の調べが至らなかったというだけで、普通に作者は判明していたというね!
というわけで反省も込めて記事本文の内容はそのままにしておきます。。。
さらに追記(2013年5月8日)
誰が作者か論争が起こっているそうなので、ひとまず作者の名前を消しておきます。正直議論が水掛け論になっていて、いきなり「どうも作者です」と言われてもそれこそ単なる荒らしにしか見えないので、あまりこういう措置は採りたくなかったのですが、ちょっとコメント欄が炎上気味だったので仕方なしにこの形になりました。ご了承下さい。
2012年9月7日金曜日
SSメモ:開・運命の輪
開・運命の輪(神崎真亜)
くっはーー、これだよこれ!
外角低めのぎりぎりストライクな場所に鋭いけど愚直なまでのまっすぐを投げられて、手の出しようがないにも関わらずバッターボックスに立てて悔いのないと思えるこの感覚。設定も文体もキャラクターもどこか未熟で世界観すらも穴だらけなのに、きっちり読者のストライクゾーンに抉りこんでくるのは、作者のセンスを文字通り物語っています。これが書きたいんだ! と読者ほっぽり出して頭の中にある妄想をがばばーと放り出す作者のひたむきな情熱が、とくとくんと身に押し寄せてきます。
いやはや、これは無理だって。
開いてしまったらもう読むしか無い。
たとえ序盤がやや読みづらくても、改稿した後特有のちぐはぐな場所があったとしても、一度設定やらキャラクター同士の関係やらを把握してしまったら、あとはもう作者の抜群なコメディと心の機敏をうまく捉えたシリアス物語に、ひたすらのめり込むだけです。この途中からの読ませる力は鬼気迫ってます。もっと先が読みたい、先を、先を、と没入していく感覚はまさに麻薬。SS読者なんて大抵SSという麻薬の中毒者なわけですが、そんな中毒者でも満足する出来栄えです。
主人公の魁くんもいい味してるんですよねぇ。強さを隠すとか、過去にトラウマがあるとか、それなんて厨二病と思いましたけど、素の性格がツッコミ気質過ぎて、そしてストーリーのいたるところでツッコミせざるを得ない状況過ぎて、もはやかっこいいではなくかわいいになってる(笑)力を隠してる時も隠していない時も、こいつもはやツッコミしかしてなくね? あ、ヒロインやら周囲の人達からいじめられてる時のいじけっぷりもなかなかに板がついているか。つーか、生い立ちからしていじられキャラだもんね。生きてる限り、きっと魁くんはこう生きていくんだろう。
頑張れ、超頑張れ。
いやー、笑った。笑って、そして泣いた。
特に過去編読んでる時のあの尋常じゃない切なさ。
本編を読んでいるがゆえに、このなんでもない日常が、当然のように傍にいる人たちが、いつも見守っている英雄が、腫れぼったい息をついてしまうほど尊く感じてします。
なによりこうした背景を作者がしっかり練りこんでいるからこそ、本編のあの先の見えない焦燥感と緊張感が生まれるんだろうな。そりゃあ学園生活にもなかなか溶け込めないわー。現代日本の学校に戦時中の前線行きした子供をぶち込んで表面取り繕えと命令してるもんだし。
金払ってでも続きが読みたいSSって私の中ではたくさんあるんですけど、このSSはまさにその筆頭候補の一つですね。電子書籍として自費出版してくれたら、間違いなく飛びつきます。それくらい本当惜しいところで止まっているんですよ。物語の全貌がいよいよ明かされ、なぜ魔法みたいな力や学園という養成機関が存在するのか、そういった誰もがファンタジー世界で気にしない事を理路整然と説明し、過去の騒動から現在の状況を作り出すに至った黒幕の正体がようやく発覚した、まさにそのタイミングで、更新が途切れてしまっているわけですから、本当残念です。
二年越しに生存報告があり、どうやら作者の方は獣医試験に受かったようで非常におめでたいことです。もし可能ならこのまま連載してほしいんですが、獣医試験と同じく頑張ってもらえないものでしょうか……。
金を振り込む準備は2年前からしてますよー。
2012年9月1日土曜日
SSメモ:LUNAR! CLANNAD
LUNAR! CLANNAD(小椋正雪)
何気ない日常を描くことは非常に難しい。
小説でも映画でも何にでも言えることかもしれませんが、ことSSに限ってその難しさは尋常じゃないくらい難易度が上がると個人的に思っています。
元々からして日常というありふれたものを描写するのは大変なことです。しかも小説などの商業作品になると、どうしても個人の書きたいものより読者の読みたいものを優先して筆を取らないといけないので尚の事大変ですよね。(一部例外みたいな人たちもいますが)。
翻ってSS作家を見てみるとそれはもうフリーダムであり、これでもかと自分の書きたいことを書き連ねています。SS読者も自分たちに合わせた作品を求めているわけではなく、自分たちが考えもつかないような作品を期待しているため、そうしたSS作家の態度を受け止めているわけですよ。なので読者にも想像できるような日常を描いた作品でウケているものといえば、えてしてちょっとした短編くらいでしょう。
したがって商業作品以上にSSは日常系というジャンルを描くのが難しいのです。
(もちろん「面白い」という前提があります)
さて長々と「日常」というジャンルについて個人的な思いを綴ったわけですが、結局のところ何が言いたいのかというと、
この作品、非常に優しい気持ちになれます
ということです(笑)
ちょっとした不思議と、ほんのり心暖まるよう出来事と、妙な現実感を行き来するのは原作ノベルゲーム「CLANNAD」の持ち味であり、アニメ化はもちろん、「CLANNADは人生」という有名ネタが出来上がる(笑)ほどには優しい物語でした。その優しさを、感じたそのままに、それでいてさらにその登場人物たちがいきいきと生活している様子を描いたのがこの作品です。
いや、素晴らしい。
これほどまでに丁寧に、それでいて見事に「CLANNAD」という作品を調理しているCLANNAD SSは他にないと思います。ひたすらに日常を純化させ、サザエさんのごとく平和な世界が展開されている様は、見ていて飽きるどころか心が和むほど。癒されるとはまさにこの作品の読後感のことを言います。
それにしても主人公の○ちゃん(作者のネタバレ回避表現。しかしバレバレ?w)がやたらと馴染む馴染むw ほぼオリキャラなはずなのに、決してそんな空気はなく、むしろもうこれ公式でいいんじゃないかと思うくらい、原作キャラ達との間に混じってますよ。
っていうか原作キャラたち既に大人なんですが、ちょっとお前ら精神年齢おかしくないか!? 作中でいつまでも若いままじゃいられないとかいいつつ、精神的にはすっげぇ若いよ!! むしろ行動力とかも若すぎて羨ましいよ!! ただ、ちゃんと色々な線引ができているのは、さすがといったところか。ちゃんと成長しているんだなぁ、っていろいろ実感できます。
投稿形式がやや特殊で、短編連載という形をとっているわけですが、作者の書きたいものを書いているので時系列がバラバラなんですよね。(幼稚園時代を書いた次は、大学時代を書いているとか)。そうした形式が苦手な人は、時系列にまとめた投稿ページもあるのでそちらを見ればいいと思います。
平凡な日常に潜む穏やかな生活を鮮やかに切り取ってみせる作者の力量、恐れ入るとはこのことです。作者はついに商業デビューしたらしく、これからはネットだけでなく商業の方でも頑張って欲しいですね。
2012年8月31日金曜日
SSメモ:キミといた夏
キミといた夏(DAN)
病気を扱った小説ってのは基本的に物語の流れが似通ってしまいます。
それはだいたいの作品が山場も谷も同じような展開になってしまうからで、それはまぁ仕方のないことですよ。勇者と魔王モノのように、勇者という存在が当たり前に存在して、魔王という存在が当たり前のように存在する、そんな物語の前提と同じであり、病気があれば人の生き死にに関係してくるだけなのですから。
だからこそ作者の特徴が現れやすい作品でもあるんですよね。
本作「キミといた夏」は多分に漏れず、病気をテーマに扱ったものです。しかもその病気が心臓病ときたら、もうこれまで数多もの作品が世に出ており、SSはもちろんのこと、一般小説、映画、ラノベなど、どこにだってありふれているんですよ。そうした中で敢えてこのSSをメモするのは、物語の作りがよかったとか、一風変わった文体だとか、雰囲気がよかったなどの文章に関連するものではなく、単純に作者の顔が一番見えるからなんですよね。
とある心臓病にかかった少女と、少女を取り巻く人達の物語。
言ってしまえばそれだけのことなんです、このSSは。空気としてはライトノベルの「半分の月がのぼる空」に似ているかもしれません。まぁ、あっちとはヒロインの性質がだいぶ違いますが(笑)
もちろん冒頭で述べた通り展開も似ていて、ボーイミーツガールから始まり、恋愛要素やら医者との関係やら、親のことやら、よくも悪くも病気モノとして王道を走っています。ただ違いは、やはり作者なんですよね。
Webという媒体は本に比べて圧倒的に表現が自由です。そして編集の意図や商業的な意図も必要なく、ただただ思いを綴るだけでそれが力になります。もちろんその代わり技巧は稚拙で、文体はぐだぐだで、独り善がりに歩きまわる作品になるかもしれません。ただそれゆえに、作者がどの部分に力を入れているのか、おもいを込めているのか、といったことが本に比べて遥かにわかりやすく出てき、それでいて作者がどういう思いで文章を書いているのか見えるわけです。
この作品でいえば展開が移り変わる際にところどころ挿入される少女のモノローグがそれです。プロローグとエピローグに必ず挿入されるこのモノローグ、物語の展開を盛り上げることはもちろんのこと、痛いほどに作者がこの作品で何を描きたいか伝わってきます。それはとても素直な表現方法なんですよね。高度な文章力とか、比喩表現とか、はたまた文章構成だとか小説のギミックだとか、そういうものに一切頼らない、愚直なまでの心情の吐露。それがこの作者の顔であり、このSSの優しさであり、この作品に込められた想いなんです。
『世界はすごく綺麗だったよ、素敵だったよ
辛いことも、悲しいことも、嫌なこともあったけど
それ以上に、楽しいこと、うれしいこと、しあわせなことで満ち溢れていたよ』
(「キミといた夏」 第63話より)
もうこれだけで十分なんです。
すべての物語の展開は、こういった言葉を紡ぐそのためにあったんです。
キャラクターが生きている作品もたくさんありますが、これはきっと作者の想いが生きている作品なんです。登場人物たちが紡ぐ、作者の想いの物語。
病気を扱った小説ってのは基本的に物語の流れが似通ってしまいます。
それはだいたいの作品が山場も谷も同じような展開になってしまうからで、それはまぁ仕方のないことですよ。勇者と魔王モノのように、勇者という存在が当たり前に存在して、魔王という存在が当たり前のように存在する、そんな物語の前提と同じであり、病気があれば人の生き死にに関係してくるだけなのですから。
だからこそ作者の特徴が現れやすい作品でもあるんですよね。
本作「キミといた夏」は多分に漏れず、病気をテーマに扱ったものです。しかもその病気が心臓病ときたら、もうこれまで数多もの作品が世に出ており、SSはもちろんのこと、一般小説、映画、ラノベなど、どこにだってありふれているんですよ。そうした中で敢えてこのSSをメモするのは、物語の作りがよかったとか、一風変わった文体だとか、雰囲気がよかったなどの文章に関連するものではなく、単純に作者の顔が一番見えるからなんですよね。
とある心臓病にかかった少女と、少女を取り巻く人達の物語。
言ってしまえばそれだけのことなんです、このSSは。空気としてはライトノベルの「半分の月がのぼる空」に似ているかもしれません。まぁ、あっちとはヒロインの性質がだいぶ違いますが(笑)
もちろん冒頭で述べた通り展開も似ていて、ボーイミーツガールから始まり、恋愛要素やら医者との関係やら、親のことやら、よくも悪くも病気モノとして王道を走っています。ただ違いは、やはり作者なんですよね。
Webという媒体は本に比べて圧倒的に表現が自由です。そして編集の意図や商業的な意図も必要なく、ただただ思いを綴るだけでそれが力になります。もちろんその代わり技巧は稚拙で、文体はぐだぐだで、独り善がりに歩きまわる作品になるかもしれません。ただそれゆえに、作者がどの部分に力を入れているのか、おもいを込めているのか、といったことが本に比べて遥かにわかりやすく出てき、それでいて作者がどういう思いで文章を書いているのか見えるわけです。
この作品でいえば展開が移り変わる際にところどころ挿入される少女のモノローグがそれです。プロローグとエピローグに必ず挿入されるこのモノローグ、物語の展開を盛り上げることはもちろんのこと、痛いほどに作者がこの作品で何を描きたいか伝わってきます。それはとても素直な表現方法なんですよね。高度な文章力とか、比喩表現とか、はたまた文章構成だとか小説のギミックだとか、そういうものに一切頼らない、愚直なまでの心情の吐露。それがこの作者の顔であり、このSSの優しさであり、この作品に込められた想いなんです。
『世界はすごく綺麗だったよ、素敵だったよ
辛いことも、悲しいことも、嫌なこともあったけど
それ以上に、楽しいこと、うれしいこと、しあわせなことで満ち溢れていたよ』
(「キミといた夏」 第63話より)
もうこれだけで十分なんです。
すべての物語の展開は、こういった言葉を紡ぐそのためにあったんです。
キャラクターが生きている作品もたくさんありますが、これはきっと作者の想いが生きている作品なんです。登場人物たちが紡ぐ、作者の想いの物語。
2012年8月25日土曜日
SSメモ:絶対ナル孤独
絶対ナル孤独(川原礫)
王道は面白いからこそ王道足り得る、というのを示している作品。
いや、これは面白いわ。
現代異能ファンタジーとしての王道(突然力が宿る、覚醒する)を突き進んでいるにも関わらず、どうしてこんなにも面白く、それでいて目新しく書けるのだろうか。唐突な戦闘、力に目覚めた同士の戦い、悪の力と正義の力の登場、正体不明の敵組織、心の傷……などなど。
いやはや、正直ここまでオーソドックスな題材をよくもまぁこんなにも面白くまとめあげたものだと脱帽するレベル。王道とは斯くあるべしと言っても過言ではない。
とはいえ、面白さの要素が王道だけなのかと言われるとそれもまたちょっと違うんですよね。そこらの作者に比べて、文章力というか、描写力というか……とにかく戦闘描写から日常風景、果てに登場人物の心理描写に至るまでが、凄まじく丁寧に書かれているんですよね。文章から受ける情報量が、明らかに文章を超えていると言ってもいいくらい。昨今ここまで文章力のある作者は珍しいんじゃないでしょうか。
タイトルにある通り孤独というものを一つの題材にしてはいるものの、今のところはっきりと物語の方向性としてそれが顕著に出ているわけではない。ただ随所に(1章ラストのセリフなど)孤独の意味が散りばめられているため、今後に期待といったところか。
それにしても主人公のミノルくん、ちょっと自重しなさいw 1章の時点ではすさまじく根暗で孤独だったのに、3章になってからのその孤独とかけ離れた立場と行動はなんなんだw いいぞ、もっとやれ(
それにしてもこの作者にしてこの作品ありというか、どうしてこう川原さんの描く主人公はこんなにも弱い内面と強い衝動を併せ持っているんでしょうね。作者の別作品である「ソードアート・オンライン」のキリトくんしかり、「アクセル・ワールド」のハルユキくんしかり、人というのはきっかけ次第で変われるものだと言わんばかりのこの圧倒的な人の変化ですよ。
川原さんが描く主人公って、本当冷静に眺めてみると特別な存在ってわけじゃないんですよね。もちろん物語の主人公らしい特別な境遇はあるんですが、かといって殊更に変な思考をしたり、人格が破綻しているわけではないんですよね。にもかかわらず、いざ非日常に突入した瞬間、衝動的にまるでそうするべきだと決められているかのように、自身の内に眠る密やかな、でも誰もが抱いたことのある思いに対して、素直に反応的な態度を取るんですよ。
読んでいる側としてもその反応が自然であると感じるし、まったくもって違和感がないはずなんですが……毎度どうしてこうなった状態に陥るのはもはや作者の罠(笑)
残念な点としてはまだまだ物語が途中(というかこれから佳境に入る)というところで更新停止してしまったこと。作者が書籍デビューして忙しくなってしまったのはファンとして嬉しいものの、いささか寂しい感が否めない。作者の別作品「ソードアート・オンライン」が文庫展開しているのだから、ぜひこっちもお願いしますよ電撃文庫さん。
王道は面白いからこそ王道足り得る、というのを示している作品。
いや、これは面白いわ。
現代異能ファンタジーとしての王道(突然力が宿る、覚醒する)を突き進んでいるにも関わらず、どうしてこんなにも面白く、それでいて目新しく書けるのだろうか。唐突な戦闘、力に目覚めた同士の戦い、悪の力と正義の力の登場、正体不明の敵組織、心の傷……などなど。
いやはや、正直ここまでオーソドックスな題材をよくもまぁこんなにも面白くまとめあげたものだと脱帽するレベル。王道とは斯くあるべしと言っても過言ではない。
とはいえ、面白さの要素が王道だけなのかと言われるとそれもまたちょっと違うんですよね。そこらの作者に比べて、文章力というか、描写力というか……とにかく戦闘描写から日常風景、果てに登場人物の心理描写に至るまでが、凄まじく丁寧に書かれているんですよね。文章から受ける情報量が、明らかに文章を超えていると言ってもいいくらい。昨今ここまで文章力のある作者は珍しいんじゃないでしょうか。
タイトルにある通り孤独というものを一つの題材にしてはいるものの、今のところはっきりと物語の方向性としてそれが顕著に出ているわけではない。ただ随所に(1章ラストのセリフなど)孤独の意味が散りばめられているため、今後に期待といったところか。
それにしても主人公のミノルくん、ちょっと自重しなさいw 1章の時点ではすさまじく根暗で孤独だったのに、3章になってからのその孤独とかけ離れた立場と行動はなんなんだw いいぞ、もっとやれ(
それにしてもこの作者にしてこの作品ありというか、どうしてこう川原さんの描く主人公はこんなにも弱い内面と強い衝動を併せ持っているんでしょうね。作者の別作品である「ソードアート・オンライン」のキリトくんしかり、「アクセル・ワールド」のハルユキくんしかり、人というのはきっかけ次第で変われるものだと言わんばかりのこの圧倒的な人の変化ですよ。
川原さんが描く主人公って、本当冷静に眺めてみると特別な存在ってわけじゃないんですよね。もちろん物語の主人公らしい特別な境遇はあるんですが、かといって殊更に変な思考をしたり、人格が破綻しているわけではないんですよね。にもかかわらず、いざ非日常に突入した瞬間、衝動的にまるでそうするべきだと決められているかのように、自身の内に眠る密やかな、でも誰もが抱いたことのある思いに対して、素直に反応的な態度を取るんですよ。
読んでいる側としてもその反応が自然であると感じるし、まったくもって違和感がないはずなんですが……毎度どうしてこうなった状態に陥るのはもはや作者の罠(笑)
残念な点としてはまだまだ物語が途中(というかこれから佳境に入る)というところで更新停止してしまったこと。作者が書籍デビューして忙しくなってしまったのはファンとして嬉しいものの、いささか寂しい感が否めない。作者の別作品「ソードアート・オンライン」が文庫展開しているのだから、ぜひこっちもお願いしますよ電撃文庫さん。
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